トック青年発言集


−FUCK 1リーグ− 


04年の2月頃、2chのプロ野球板に□村上春樹的プロ野球□というスレがあり、

最初は特別どうも思わなかったのだけど、何か書きたくなって、

大昔読んだ村上春樹の本を引っ張り出してネタをシコシコと書いていました。

そういう風にインターネットの掲示板でネタを書いたのは久しぶり。思えば、暇なことをしていたもんで。

ただ、どうしてそんなバカなことをしていたかというと、

漠然と頭の中に、もうすぐプロ野球が終わってしまうようなイメージが湧いたからです。

今の若い人達でプロ野球を見ている人なんかほとんどいないだろう、と思うし、

実際もう古くて、面白くなくなったのかもしれない。

90年代中盤までのどろどろした、濃い感じが今はないですよね。

できれば、ああいう雰囲気がもう一度戻ってくればいいかな、と思います。

そういう願いを込めて。

 

−阪神−

 絶望的な下位低迷が続く96年の夏、一部の阪神ファンがストに入った。
彼らは「球団解体」を叫んでいた。そして甲子園で応援を続けるファンに対して
「お前たちは阪神電鉄を増長させ、かつ選手を甘やかし貶めるだけのアンチタイガースだ」と非難した。
結構、解体するならしてくれよ、と僕は思った。
解体して選手をバラバラにしてパリーグやセリーグの他のチームでチャンスを与えてやってくれ。
全然かまわない。そうすれば僕だってさっぱりするし、
あとのことはプロ野球から離れるなり広島カープを応援するなりなんとでもする。
手助けが必要なら手伝ったっていい。さっさとやってくれ。

 応援が禁止され外野の鳴り物がなくなったので、
僕は珍しもの見たさに甲子園のガラガラのライトスタンドに座って観戦してみた。
まるで川崎球場でするかのようになんとなく野球を見るのだ。
球場は思っていたより閑散としていて、最初のうちはあまりの景観に寂しさを感じるほどだったが
その分静かだったし、和田の右打ちを見ている間は自分の中の空洞を意識せずにすんだ。
僕は週に2日、甲子園でナイターを見て、4日は飲食店で夜番をやった。
そして仕事のない夜は部屋でウイスキーを飲みながら試合を見た。

 シーズンが終わると彼らは甲子園でストを始めた。
タイガースはペナントレースを最下位で終え、藤田平は解任され、後任はまだ決まっていなかった。
契約更改のあいだに電鉄が機動隊の出動を要請し機動隊は球場にこもっていたファンを全員逮捕した。
その昔、安保闘争が激しい大学でも同じようなことをやっていたしとくに珍しい出来事ではなかった。
コミッショナーは球団解体なんてしなかった。
球団には大量の資本が投下されているし、そんなものがファンが暴れたくらいで
「はい、そうですか」とおとなしく解体するわけがないのだ。
そして電鉄本社や甲子園周辺をバリケード封鎖した連中も
本当にタイガースを解体したいなんて思っていたわけではなかった。
彼らは球団のイニシアチブの変更を求めていただけだったし、
僕にとってはイニシアチブがどうなるかなんてまったくどうでもいいことだった。
だからストが叩き潰されたところで、とくに何の感慨も持たなかった。

 僕はストが終わり甲子園がほとんど廃墟と化していることを期待して行ってみたのだが、甲子園はまったくの無傷だった。
入り口の選手グッズも略奪されることはなく、コンドーム風船も破壊しつくされることはなく、
外野の天然芝も焼け落ちてはいなかった。あいつらいったい何してたんだと僕は愕然として思った。
ストが解除され機動隊の占領下でシーズンが再開されると、いちばん最初に応援に来たのは
ストを指導した立場にある連中だった。彼らは何事もなかったように外野スタンドに出てきて
メガホンを振り、選手がヒットを打つとそれを打ち鳴らした。これはどうも変な話だった。
何故ならスト決議はまだ有効だったのだし、誰もスト終結を宣言していなかったからだ。
電鉄が機動隊を導入してバリケードを破壊しただけのことで、原理的にはストはまだ機能していたのだ。
そして彼らはひとたびキャンプが始まると言いたいだけ元気なことを言って、
グリーンウェルの獲得に反対する(あるいは戦力の疑念を表明する)同じ阪神ファンを罵倒し、あるいは吊るし上げたのだ。
僕は彼らのところに行って、どうしてストをつづけないで甲子園に応援に来るのか、と訊いてみた。

彼らには答えられなかった。答えられるわけがないのだ。
彼らは自分の応援しているチームに対してあれこれ言えなくなるのが怖いのだ。
そんな連中が球団解体を叫んでいたのかと思うとおかしくて仕方なかった。
そんな下劣な連中が桧山の4打数3三振1併殺で大声を出したり小さくなったりするのだ。
おい村山実さん、ここはひどい世界だよ、と僕は思った。
こういうやつらが自分こそ阪神を愛するファンとして自慢気にふるまい、
何も知らない新しいファンをにわかと貶し、せっせと下劣な社会をつくるんだ。

僕はしばらくのあいだライトスタンドへ行っても音頭を取る時には返事をしないことにした。
そんなことをしたって何の意味もないことはよく分かっていたけれど、
そうでもしないことには気分が悪くて仕方がなかったのだ。
しかしそのおかげでファンの中での僕の立場はもっと孤立したものになった。
応援を強制されても僕が黙っていると、周りの席に居心地の悪い空気が流れた。
誰も僕に話しかけなかったし、僕も誰にも話しかけなかった。

97年オフの関川のトレードをもって、僕はプロ野球の応援というのはまったく無意味だという結論に到達した。
そして僕は応援歌を純粋にノスタルジックなメロディとして――、あるいは詩的表現として捉えることに決めた。
今ここでプロ野球を見なくなったところで何か特にやりたいことがあるわけではないのだ。
僕はほとんど毎試合阪神戦を見てゆったりとプロ野球を楽しみ、
あいた時間には野球を知らない彼女とデートしたりバイトをしたりしていた。

−その2−

99年初秋の土曜日の「阪神×広島戦」の甲子園にも彼女の姿は見当たらなかった。
待ち合わせの時間はとっくに過ぎていた。もう中で待っているのかもしれない。
僕は球場に入り内野席を見渡して彼女がいないことを確かめてから
友人からもらったチケットに書かれたいつもの指定席に座り、試合が始まるまでじっと待つことにした。
やがて赤ら顔の小柄な男性が横に座って僕に挨拶をし、ハンカチで額の汗をぬぐった。
年間予約席に座る彼とはたまに顔を合わせているのだが、彼は口が悪くいつも選手の悪口を言っていた。
その中の「藪はなぜ突然炎上するのか」は楽しいとは言えないまでも
一応聴く価値のあるきちんとした理論だった。あいかわらず暑いですねえと言ってから
彼は藪の終盤における初球ストライクの割合について話はじめた。
7回裏における藪のピッチングが、キーオや野田のそれとどう違うかについて彼は語った。
15分ほど経ったところで入り口からドリンクを抱えて彼女が入って来るのが見えた。
彼女は僕に気づいたらしく少し怒った風に目で合図しこちらへ向かってきた。
近くまでたどりつくと僕に話かけている男に気づき
「いったいこの人は誰なのかしら」的な微笑を浮かべて僕のとなりに座った。
そしてショルダーバッグから双眼鏡を取り出して、僕に渡した。
彼女は双眼鏡で藪を眺めている僕に「ねえ、調子がいい時の藪って怖いのよね」と自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

試合が6回ほど進み、3−2でリードしたまま伊藤が43試合目の登板で緒方を迎えているところに、
後ろからタイガースのヘルメットを被った男性が2人走ってきた。
まるでプロレスのタッグみたいな2人組だった。1人は筋骨隆々として丸顔でへルメットを深くかぶっており、
もう1人はひょろりとした白人で背が高く、ゲイのような髭を生やしていた。
白人の方がビラを抱えていた。ヘルメットを深くかぶった方が応援団のところへ行って、
チームの応援を討論に当てたいので了承していただきたい。
目先の1勝よりもっと深刻な問題が現在のチームを覆っているのだと言った。
それは要求ではなく、単なる通告だった。8連敗中の今日の勝敗より深刻な問題が
現在のチームに存在するとは思えないが、それよりもあなた大豊さんではないですか?
と応援団長は言った。そして応援旗の根元をぎゅっとつかんで旗を下に降ろし、
2人組の写真を撮ってからやや緊張した様子でその場に座り込んだ。

背の高い白人がビラを配っているあいだ、ヘルメットを深く被った大男が
フェンス際に立って演説をした。ビラにはあのあらゆる事象を単純化する独特の簡潔な書体で
「欺瞞的野村采配を粉砕し」「あらたなるペナント奪回に向けて戦力を結集し」
「サチヨ=カツヤ=ダンケニーカツノリ路線に鉄槌を加える」と書いてあった。
説は立派だったし、内容に特に異論はなかったが、文章に説得力がなかった。
信頼性もなければ人の心を駆りたてる力もなかった。ヘルメットの演説も似たりよったりだった。
いつもの癇癪にしか聞こえなかった。特に内容は変わらず一本足か二本足かが違うだけだった。
この連中の真の敵は野村克也ではなくチーム全てに対する信頼の欠如だろうと僕は思った。
「出ましょうよ」と彼女は言った。僕は肯いて立ち上がり、2人で球場を出た。
出るときに白人の方が僕に何か言ったが、何を言っているのかよく分からなかった。
彼女は「See you. Yokohama killer」と言って彼にひらひらと手を振った。
「ねえ、私たち野村信者なのかしら?」と球場を出てから彼女が僕に言った。
「野村監督が解任されたら私たち道頓堀の橋の上から並んで突き落とされるのかしら?」
「突き落とされる前にできたら優勝を見ておきたいな」と僕は言った。

−その3−

目を覚ました時、両脇に双子の中年男性がいた。
今までに何度も体験したことではあったが、両脇に双子の中年男性というのはさすがに初めてだった。
「名前は?」と僕は二人に訊ねてみた。二日酔いで頭は割れそうだった。
「名乗るほどの成績じゃないな。」と右側にいるほうが言った。
「実際、たいした成績じゃない。」と左が言った。「わかるだろ?」
「わかるよ。」と僕は言った。
「名前がないと困るか?」と一人が訊ねた。
「どうかな?」
 二人はしばらく考え込んだ。

「もしどうしても名前が欲しいのなら、適当につけてくれればいい。」
 ともう一人が提案した。
「きみの好きなように呼べばいい。」
 彼らはいつも交互にしゃべった。まるでABCラジオの福本と門田みたいに。
 おかげで頭は余計に痛んだ。
「例えば?」と僕は訊ねてみた。
「金村と鈴木健」と一人が言った。
「和田と衣笠」ともう一人が言った。
「松中と大豊」
「今岡と東出」
「杉内と高橋尚成」

「平塚と吉田浩」僕は負けないように辛うじてそう付け加えた。
 二人は顔を見合わせて満足そうに笑った。

 

−巨人−

−その1−

「渡辺オーナー、あなたはジャイアンツファンにもべつに理解されなくったっていいと思ってるんですか?」
と原さんが訊いた。
「君はどうもよくわかってないようだが、人が誰かを理解するのはしかるべき時期が来たからであって、
 その誰かが相手に理解してほしいと望んだからではない」
「じゃあ私が誰かにきちんと『ジャイアンツ愛』を理解してほしいと望むのは間違ったことなんですか?
 たとえばあなたに?」
「いや、べつに間違っていないよ」と渡辺オーナーは答えた。
「まともな人間はそれを『球団と現場の意見交換』と呼ぶ。
 もし君がファームからの叩き上げを使いたいと思うのならな。
 巨人のシステムは他のチームのシステムとはずいぶん違うんだよ」
「でも選手を育てる気はないんですね?」
「だから君は巨人のシステムを――」
「システムなんてどうでもいいよ!」と原さんがどなった。
彼がどなったのを見たのはあとにも先にもこの一度きりだった。

−その2−

「ところでお前、原に巨人を出ろって忠告したんだって?」
「あたり前でしょう」
「そうだな、まぁ」
「あの人ストイックな人ですよ」と僕は味噌汁を飲みながら言った。
「知ってるよ」と渡辺オーナーはため息をついて言った。

「巨人にはいささかストイックすぎる」

−その3−

原さんが僕を揺り動かしたのは巨人の中に長いあいだ眠っていた
<選手やファンに対する敬意や誇りや愛の一部>であったのだ。
そしてそれに気づいたとき、僕は殆ど泣きだしてしまいそうな哀しみを覚えた。
原さんは本当に本当に特別な存在だったのだ。誰かがなんとしてでも原さんを続投させるべきだったのだ。

でも渡辺オーナーもファンも原さんを救うことはできなかった。
原さんは――多くの僕の知る名将と呼ばれた監督がそうしたように――
ペナントのある段階が来ると、ふと思いついたみたいに自らの地位を捨てた。
原さんは日本一を成し遂げた翌年に投手陣を立て直せず、
その年の後半戦で短い監督生命を終えた。

原さんの辞任を僕に知らせてくれたのはもちろん渡辺オーナだった。
彼は薄っぺらいスポーツ新聞でこう語っていた。
「原の失敗によって何かが消えてしまったし、それはたまらなく哀しく辛いことだ。この私にとってさえも」
僕はそのスポーツ新聞を破り捨て、もう二度と彼に関する記事を読まなかった。

−その4−

家に帰る途中、ずっと口笛を吹いていた。
それは何処かで聴いたことのあるメロディーだったが、
題名はなかなか浮かんではこなかった。

ずっと昔の唄だ。

僕は海岸通りに車を停め、
暗い夜の海を眺めながらなんとか曲名を思い出そうとしてみた。

それはウォーレン・クロマティの応援歌だった。こんな歌詞だったと思う。


楽をしても、クロウ、クロウ。

苦労しても、クロウ、クロウ。

お前が打たなきゃ、明日は雨。

クロマティ。

 

確かに良い時代だったのかもしれない。

 

−広島−

 

「ねぇ、プロ野球選手になりたい?」

「もちろん。」

「広島カープに入団したい?」

「今、すぐに?」

「いつか・・・・・もっと先によ。」

「もちろん入団したい。」

「でも私が訊ねるまでそんなこと一言だって言わなかったわ。」

「言い忘れてたんだ。」

「・・・・ポジションは何処を守りたい?」

「ショート。」

「打率は?ホームランは?」

「.280に25本、そして70打点。」

彼女はコーヒーを飲み、口の中でパンを噛み下してからじっと僕の顔を見た。

「 嘘 つ き ! 」

と広島ファンの彼女は言った。

しかし彼女は間違っている。

僕はひとつしか嘘をつかなかった。


 

−横浜ベイスターズor大洋ホエールズ−

−その1−

鼠の好きな選手は横浜の駒田徳広である。
僕が初めて鼠の家を訪れた時、彼は5月の柔らかな日差しの下に
16インチのカラーテレビを持ち出して巨人×横浜を食い入って眺めている最中だった。
「駒田徳広の優れた点は、」と鼠は僕に言った。「勝負強さと併殺打が同居していることだ」
観客席がまばらな横浜スタジアムで試合は3対3のまま膠着状態に入り、
1アウト1塁2塁のチャンスを迎えた駒田は
外角いっぱいに投げられたスライダーを懸命にひっかけて併殺打を打った。

−その2−

〜横浜−阪神7回戦〜
http://www.sanspo.com/baseball/top/bt200305/bt2003051008.html
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「横浜なんて・みんな・糞喰らえさ。」

鼠はシーズンシートに両手をついたまま僕に向かって憂鬱そうにそうどなった。
あるいは鼠のどなった相手は僕の後ろにいる阪神ファンなのかもしれなかった。
僕と鼠は横浜スタジアムの内野席に隣り合って腰かけていたのだし、
わざわざ僕に向かってどなる必要なんて何もなかったからだ。
しかし何れにせよ、大声を出してしまうと鼠はいつものように満足した面持でビール美味そうに飲んだ。
もっとも、周りには鼠の大声を気にするものなど誰ひとりいなかった。
球場は阪神ファンで溢れんばかりだったし、誰も彼もが同じように大声で応援していたからだ。
それはまるで陥落寸前の古城と言った光景だった。

「ダニさ。」鼠はそう言っておぞましそうに首を振った。
「奴らになんて何もできやしない。プロ面をしてる奴らを見るとね、虫唾が走る。」
僕は薄いビールカップの縁に唇をつけたまま黙って肯いた。
鼠はそれっきり口をつぐむと、シーズンシートに載せた手の細い指を
たき火にでもあたるような具合にひっくり返しながら何度も丹念に眺めた。
僕は諦めて既に終わってしまった試合を見た。
10本の指を使って横浜の勝利数をきちんと点検してしまわないうちは次の話は始まらない。
いつものことだ。

「虫唾が走る。」
鼠はひととおり指を数え終わるとそう繰り返した。
鼠が横浜ベイスターズの悪口を言うのは今に始まったことではないし、また実際にひどく憎んでもいた。
鼠の家にしたところで相当な横浜ファンだったのだけれど、僕がそれを指摘するたびに鼠は決まって
「俺のせいじゃないさ。」と言った。時折(大抵は贔屓選手が散々だったような場合なのだが)、
「いや、お前のせいさ。」と僕は言って、そして言ってしまったあとで必ず嫌な気分になった。
鼠の言い分にも一理あったからだ。

「何故横浜が嫌いだと思う?」
その夜、鼠はそう続けた。そこまで話が進んだのは初めてだった。
わからない、と言った風に僕は首を振った。
「はっきり言ってね、横浜なんて何も考えないからさ。佐々木と三浦がいなきゃシーズン50勝もできやしない」
はっきり言って、というのが鼠の口癖だった。
「そう?」
「うん、奴らはチームの勝利なんて何も考えない。考えてるフリをしてるだけさ。・・・・・・何故だと思う?」
「さあね?」
「必要がないからさ。もちろん生き残るには少しばかり頭がいるけどね。
 セリーグの球団であり続けるためには何も要らない。六大学野球の東京大学と一緒さ。
 グルグルと同じ試合を繰り返してりゃいいんだよ。でもね、俺はそうじゃないし、あんただって違う。
 応援するためには考え続けなくちゃならない。明日の先発から、ルーキーのバットのサイズまでね。そうだろ?」
「ああ。」と僕は言った。
「そういうことさ。」
「でもどんなチームだっていつかは優勝する」
僕は試しにそう言ってみた。

「そりゃそうさ。どんなチームだっていつか優勝する。
 でもね、それまでに38年も応援しなきゃならんし、いろんなことを考えながら38年応援するのは、
 はっきり言って何も考えずに5000年巨人を応援するよりずっと疲れる。そうだろ?」

そのとおりだった。

−その3−

「大ちゃんが間違ってたと思う?」女がそう訊ねた。
鼠はビールを一口飲み、ゆっくりと首を振った。
「はっきり言ってね、みんな間違ってるのさ。」
「何故そう思うの?」
「うーん。」鼠はそう唸ってから上唇を舌でなめた。答えなど無かった。
「私は腕がもぎとれるくらい一生懸命にメガホンを振ったのよ。
 とても苦しくて死ぬかと思ったわ。それでね、何度も何度もこんな風に考えたわ。
 私が間違っててあなたが正しいのかもしれないって。私がこんなに応援してるのに
 何故横浜ベイスターズは同じように最下位でずっと負け続けているんだろうってね。」
女はそう言うと軽く笑って、しばらく憂鬱そうに目の縁を押さえた。
鼠はモジモジしながらあてもなくポケットを探った。三年振りに無性に煙草が吸いたかった。
「デニーが死ねばいいと思った?」
「少しね。」
「本当に少し?」
「…忘れたわ。」
 二人はしばらく黙った。鼠はまた何かをしゃべらなければならないような気がした。
「ねえ、打てない日は歯を綺麗に磨いてすっきりすれば打てるかもしれない。」
「誰の言葉?」
「駒田徳広。」

−その4−

僕はプロ野球についての多くを監督の近藤昭仁に学んだ。
殆んど全部、というべきかもしれない。
不幸なことに近藤さんは全ての意味で不毛な監督であった。
見ればわかる。発言は理解し難く、投手交代は出鱈目で、采配はスクイズだった。
しかしそれにもかかわらず、近藤さんは育成能力を武器として
名監督とわたりあうことのできる数少ない非凡な監督のひとりでもあった。
仰木彰、上田利治、野村克也、そういった同時代の監督に伍しても、
近藤昭仁のその戦闘的な姿勢は決して劣るものではないだろう、と僕は思う。
ただ残念なことに、近藤さんには最後まで自分の闘う相手の姿を明確に捉えることはできなかった。
結局のところ、不毛であるということはそういうものなのだ。

−その5−

近藤昭仁が良いスクイズについてこんな風に書いている。

「スクイズという作業は、とりもなおさず自分と自分をとりまく内野手との距離を確認することである。
 必要なものは奇襲ではなく、ものさしだ。」(「4番がスクイズして何が悪い?」1995年)

−その6−

小さい頃、僕はひどく横浜を応援した子供だった。
両親は心配して、僕を知り合いの精神科医の家に連れて行った。

医者の家は東京ドームの見える高台にあり、僕が日当たりのいい応接室のソファーに座ると、
品の良い中年の婦人が冷たいオロナミンCと二個のナボナを出してくれた。
僕は膝にクリームをこぼさぬように注意してナボナを半分食べ、オロナミンCを飲み干した。
「もっと飲むかい?」と医者が訊ね、僕は首を振った。僕たちは二人きりで向かいあっていた。
正面の壁からは王貞治の肖像画が江川を見る時のようにうらめしく僕を睨んでいた。

「昔ね、あるところにとても人の良い鯨がいたんだ。」
素敵な出だしだった。僕は目を閉じて人の良い鯨を想像してみた。
「鯨はいつも重い金時計を首からぶらさげて、ふうふう言いながら歩き回ってたんだ。
 ところがその時計はやたら重い上に壊れて動かなかった。そこに友達の兎がやってきてこう言った。
<ねえ鯨さん、なぜ君は動きもしない時計をいつもぶら下げてるの?重そうだし、役にも立たないじゃないか>ってさ。
<そりゃ重いさ。>って鯨が言った。<でもね、慣れちゃったんだ。時計が重いのにも、動かないのにもね。>」
医者はそう言うと自分のオロナミンCを飲み干し、ニコニコしながら僕を見た。
僕は黙って話の続きを待った。
「ある日、鯨さんの誕生日に兎は綺麗なリボンのかかった小さな箱をプレゼントした。
 それはキラキラ輝いて、とても軽く、しかも正確に動く新しい時計だったんだね。
 鯨さんはとっても喜んでそれを首にかけ、みんなに見せて回ったのさ。」
そこで話は突然に終わった。
「君が鯨、僕は兎、重い時計は横浜ベイスターズさ。」
僕はだまされたような気分のまま、仕方なく肯づいた。

プロ野球とは期待である、と彼は言った。
もし何かを期待できないのなら、その選手は存在しないのも同じだ。
いいかい、ゼロだ。もしバッターボックスに古木が入ったとするね。
古木がここでホームランを打てればいい。君は古木に期待する。見ていいよ。
(医者はビデオを再生し、古木のホームランを見せた。)
古木が打たないと期待もない。
(医者は意地悪そうにテープを巻き戻し、古木が今季喫した131回の三振を全て見せた。)
ゼロだ。わかるね?横浜はめったに勝てない。しかし君は横浜を応援したい。
そこで君は言葉を使わずにそれを表現したい。ゼスチュア・ゲームだ。やってごらん。

僕は頭をかかえて苦しそうな顔をした。医者は笑った。それじゃ精神不良だ。

精神不良・・・・・・。

次に僕たちのやったことはフリー・トーキングだった。
「大ちゃんについて何でもいいからしゃべってごらん。」
僕は考える振りをして首をグルグルと回した。

「思いつくことなら何だっていいさ。」
「禿げてます。」
「和田だってそうだよ。」
「ずっと髪がない。」
「それから?」
「横浜の監督をしていて、気が向くとライトとレフトを入れ替える。」
「横浜の何がだめ?」
「監督。」
「選手は?」
「選手も。」
そんな具合だ。

医者の言ったことは正しい。プロ野球とは期待である。
期待し、期待すべきことが失くなった時、プロ野球は終る。
パチン・・・・・・OFF。

−その7−

「完璧なチームなどといったものは存在しない。完璧な最下位が存在しないようにね。」

僕が大洋ファンのころ偶然にも知り合った西武ファンは僕に向ってそう言った。

僕がその本当の意味を理解できたのは
西武がブライアントの4連発でリーグ優勝を逃したあとのことだったが、
少くともそれをある種の慰めとしてとることも可能であった。
完璧なチームなんて存在しない、と。

しかし、それでもやはり大洋ホエールズを応援するという段になると、
いつも絶望的な気分に襲われることになった。
大洋が優勝争いできる期間はあまりにも限られたものだったからだ。
例えば屋鋪要がゴールデングラブ賞を獲ったとしても、
ペナントレースでは何もいいところがないかもしれない。そういうことだ。

32年間、1960年に大洋が優勝してから、僕はそうしたジレンマを抱き続けた。
――32年間。長い歳月だ。
もちろん、あらゆるものから喜びを得ようとする姿勢を持ち続ける限り、
大洋を応援することはそれほどの苦痛ではない。これは一般論だ。

二十歳を少し過ぎたばかりの頃からずっと、僕はそういった応援姿勢を取ろうと努めてきた。
おかげでやくみつるから何度となく手痛い打撃を受け、
古葉監督に欺かれ、村上龍に罵られ、また同時に多くの貴重な体験もした。
様々な選手がやってきて大洋でプレーし、まるで橋を渡るように緩やかにユニフォームを脱ぎ、
そして二度と戻ってはこなかった。僕はその間じっと口を閉ざし、何も語らなかった。

そんな風にして大洋は川崎球場の最後の年を迎えた。

今、僕は語ろうと思う。
もちろん問題は何ひとつ解決してはいないし、
移転を終えた時点でもあるいは事態は全く同じということになるかもしれない。
結局のところ、プロ野球チームを応援することは自己療養の手段ではなく、
自己療養へのささやかな試みにしか過ぎないからだ。

しかし、正直に状況を語ることはひどくむずかしい。
僕が正直に語ろうとすればするほど、
正確な大洋ホエールズは闇の奥深くへと沈み込んでいく。

弁解するつもりはない。少くともここで語られていることは現在の僕におけるベストだ。
つけ加えることは何もない。それでも僕はこんな風にも考えている。
うまくいけばずっと先に、何年か何十年か先に、優勝した横浜を発見することができるかもしれない、と。
そしてその時、鯨は海底で眠り、横浜ベイスターズはより美しいプレイでベースボールを語り始めるだろう。


−その8−

<ON>

やあ、みんな今晩は。元気かい?僕は最高にご機嫌に元気だよ。みんなにも半分分けてやりたいくらいだ。
こちらはヤマシタダイスケH・A・G・E、おなじみ「横浜キャンプ速報」の時間だよ。
これから開幕までの待ち遠しい数週間、他球団のイカした離脱情報をガンガン流し込む。
違和感、肉離れ、不整脈、インフルエンザ、ソバアレルギー、道路交通法違反、なんでもいいぜ、どんどん離脱してくれ。
二軍キャンプ地は知ってるね。いいかい、間違えずに送還してくれよ。
伊良部秀輝、キャンプ初日で、111キロ(体重)、少し字余り、なんてね。
ところで1日のキャンプ開始から一週間、室内練習場の10台のピッチングマシーンは
休む暇もなく鳴りっぱなしだ。ねえ、ちょっと打球の音でも聞いてみるかい?
・・・どうだい、すごいだろ?よーし、その調子だ。腕が折れるまでどんどん練習してくれ。

ところで昨シーズンは中継ぎ陣が打たれすぎてゲームが飛んじまってみんなに迷惑かけたね。
でももう大丈夫。先週シアトルマリナーズの佐々木主浩を獲得した。
コックスの年俸くらいある高いやつだ。広島投手陣、ペタの年俸より、少し安い、かなり字余り。
だから安心して気が狂うくらいゲーム見てくれよ。
                               、、 、 、 、 、 、 、 、 、 、、
たとえ先発全員が気が狂うくらい打たれたとしても、中継ぎは絶対に崩壊しない。いいね?
よーし。去年もうんざりするようなシーズンだったがそんなものは御機嫌な書き込みを読んで吹き飛ばそう。
いいかい。素晴らしい掲示板ってのはそういうためにあるんだぜ。
可愛い女の子と同じだ。オーケー。1スレッド目。これをただ黙って読んでくれ。
本当に良いスレだ。去年の成績なんて忘れちまう。
――「山下大輔監督とともに苦難を乗り越えてゆくスレ74」――
http://sports5.2ch.net/test/read.cgi/base/1076257553/l50

<OFF>

 ふう・・・・・・なんてキャンプだい、まったく・・・

  ・・・ねえ、もう外国人補強しないのかな?・・・・・・先発足りないよ・・・これじゃ・・・

     ・・・おい、よしてくれよ・・・まだ監督やめたくないよ・・・・・・

 ・・・そう、そんなもんだ・・・・・・隆・・・・・・

   ・・・ねえ、多村が怪我しちゃったよ、誰かどうやって外野組んだらいいか教えてよ・・・

 ・・・・・・大丈夫か・・・佐伯使えばいいし・・・・・・打つだけならまだ大丈夫・・・うん・・・大丈夫

 ・・・いいね吉見・・・素敵だよ・・・・・・今年はもっと勝てるさ・・・

           ・・・ねえ、ギャラードがいないよ・・・

 ・・・・・・馬鹿言うなよ!・・・・・・ギャラードいなくなったら去年と変わらないじゃないか・・・

 ・・・おい、なんだって・・・複数年・・・?中継ぎいないんだ・・・・・・悪ふざけはよせよ・・・・・・ねえ、ギャラード!

           ・・・・・・畜生・・・・・・

<ON>

素晴らしいね。これがプロ野球だ。
――「山下大輔監督とともに苦難を乗り越えてゆくスレ74」――
少しは元気でたかい?ところで去年の横浜最終成績何勝だと思う?
45勝だぜ、45勝。みんながんばったにしても少なすぎる。これじゃ最下位だ。
45って言えば素敵な女の子を抱きかかえてベッドへ運ぶのにちょうどいいくらいのウェイトだ。
信じられるかい?オーケー、おしゃべりはこれくらいにしよう。どんどんスレを張る。
−とらとかぷのとほほ漫談36 鬼は外とほほはウチ−、乗ってくれよ、ベイビー。
http://sports5.2ch.net/test/read.cgi/base/1075523240/l50

<OFF>

 ・・・おいおい、もういいよ・・・・・・峰岸さんがなんとかしてくれるって・・・・・・

            ・・・ふう、よかった・・・・・・

    ・・・大丈夫だよ、去年より負けやしないさ・・・・・・心配性だね、あなたも・・・

 ・・・・・・ねえ、巨人はどうなってる?・・・・・・他の局で中継やってんだろ・・・・・・

 ・・・おい、ちょっと待ってくれ、何故巨人に小久保とローズがいるんだ?・・・・・・・犯罪だよ・・・そりゃ・・・

 ・・・・・・わかったよ、もういいよ・・・・・・それはそうと、今度はシウマイが食べたいね・・・・・・あったかい・・・・・・

            
           ・・・おい、参ったね、ギャラードが出そうだよ・・・

                  ・・・えぐっ(涙)・・・


7時15分に電話のベルが鳴った。
僕は居間の籐椅子に横になって、缶ビールを飲みながら
ひっきりなしにチーズ・クラッカーをつまんでいる最中だった。
「やあ、こんばんは。こちらヤマシタダイスケH・A・G・Eの『横浜キャンプ速報』
 去年は横浜応援してくれてたかい?」
「ヤマシタダイスケ!?」
「そう、大ちゃん。プロ野球が産んだ・・・・・・えぐっ・・・・・・最良の監督さ。
 堀内恒夫よりずっと明るいし、若松勉よりずっと大きく、星野仙一よりずっと安い。君は何してた?」
「TBSを見てました。」
「チッチッチッ、駄目だよ、そりゃ。スカパー入らなきゃ駄目さ。TBSを見たって腹が立つだけさ。そうだろ?」
「ええ。」
「TBSなんて局は僕たちがヤクルトと戦ってる間でも巨人戦流してるんだ。わかったかい?」
「ええ。」
「よーし、・・・・・・えぐっ・・・・・・これで話ができそうだね。
 ねえ、涙の止まらなくなったプロ野球の監督と話したことがあるかい?」
「いいえ。」
「じゃあ、これが最初だ。ラジオ聴いてるみんなも初めてだよな。
 ところで何故僕が放送中に君に電話してるか分かるかい?」
「いいえ。」
「実はね、君にサインをプレゼントした横浜の選手が・・・・・・えぐっ・・・・・・いるわけなんだ。
 誰だか分かるかい?」
「いいえ。」
「テーマ曲はBOOWYの<B・BLUE>、なつかしい曲だね。どうだい、これで見当はついた?」
僕はしばらく考えてから、全然わからないと言った。
「ん・・・・・・、困ったね。もし当たれば君に特製のTシャツが送られることになってるんだ。思い出してくれよ。」
僕はもう一度考えてみた。今度はほんの少しであるけれど記憶の片隅に何かがひっかかっているのが感じられた。

「駆け抜ける・・・・・・スタジアム・・・・・・、どう思い出した?」
「そう言えば15年ばかり前に宣之湾の二軍選手にサインをもらったことがあるな。」
「どんな選手?」
「つきそいの母がナンパされて、そのついでにサインを書いてくれたんだ。」
「お母さんねえ、・・・・・・、ところでサインはちゃんと持ってる?」
「いや、失くしちゃったんです。」
「そりゃ不味いよ、もう一度もらってでも持ってた方がいい。
 谷繁にサインねだっても・・・・・・えぐっ・・・・・・返ってくるのは舌打ちってね。分かるだろ?」
「はい。」
「よーし、15年前に宣之湾で彼のお母さんをナンパした選手、もちろん家の選手だね。
 えーと、それで彼の名前は?」
僕はやっと思い出した名前を言った。

「正解。ねえ、彼がサインをもう一度書いてくれるそうだ。よかったね。・・・・・・ところで君は幾つ?」
「21です。」
「素敵な年だ。横浜ファン?」
「はい。」
「・・・・・・えぐっ・・・・・・」
「え?」
「パリーグはどこを応援してる?」
「日ハムです。」
「ほう・・・・・・小笠原は好き?」
「ええ。」
「どんなところが?」
「・・・・・・笑わないところかな。」
「ほう、小笠原は笑わない?」
「前田や伊良部は少しは笑います。」
「ほほう?どんな時に?」
「楽しい時。」
僕は何年かぶりに突然腹が立ち始めた。
「じゃあ・・・・・・えぐっ・・・・・・漫才野球なんてのがあってもいいわけだ。」
「あなたがそうかもしれない。」
「はっはっはっはっは。(涙)」

Tシャツは三日目の午後に郵便で送られてきた。こんなシャツだ。


  ――――――――――――――――――
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                                 \
             No more                 \
                                    /
          / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ \            /
        /             \          /
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   |                         |
   |          baseball          |
   |                         |




  「ベースボール・ガールズ」


  甲子園の娘はイカしてる。

  ファッションだってご機嫌さ。

  広島市民の女の子のスクワット、黄色い歓声、

  うん、ノックダウンだね。

  ナゴドの優しいショーガール、

  ハートにぐっときちゃうのさ。

  神宮のかわいいお姉さん、

  君をうっとり暖めてくれる。


  素敵な女の子がみんな、

  ベースボール・ガールならね・・・・・・。

 

−04年秋−

やあ、元気かい? こちらはヤマシタダイスケH・A・G・E、横浜ベイスターズアワー。
また土曜日の夜がやってきた。これからの2時間、素敵なスレをたっぷり紹介する。
ところでシーズンもそろそろおしまいだね。どうだい、良いシーズンだったかい?
今日はスレを張る前に、君たちからもらった一通の手紙を紹介する。読んでみる。こんな手紙だ。

「お元気ですか?毎週楽しみにこの番組を聴いています。
 早いもので、この秋で入院生活ももう三年目ということになります。時の経つのは本当に早いもんです。
 もちろんエア・コンディショナーのきいた病室の窓から賑やかな外の横浜スタジアムを眺めている私にとって
 ペナントレースが終わることなんて何の意味もないのだけれど、それでもひとつのシーズンが去り、
 野球のない季節が訪れるということは私にとってやはり寂しいものなのです。
 私は17歳で、この三年間本も読めず、テレビを見ることもできず、散歩もできず、
 ・・・それどころかべッドに起き上がることも、寝返りを打つことさえできずに過ごしてきました。
 この手紙は私にずっと付き添ってくれているお姉さんに書いてもらっています。
 彼女は私を看病するために大学を止めました。もちろん私は彼女には本当に感謝しています。
 私がこの三年間にベッドの上で学んだことは、どんなに惨めなことからでも人は何かを学べるし、
 だからこそ少しずつでも生き続けることができるのだということです。
 私の病気は脊椎の神経の病気なのだそうです。ひどく厄介な病気なのですが、
 もちろん回復の可能性はあります。3%ばかりだけど・・・。
 これはお医者様(素敵な人です)が教えてくれた同じような病気の回復例の数字です。
 彼の説によると、この数字は横浜の投手がジャイアンツを相手に完封をやるよりは簡単だけど、
 完投するよりは少しむずかしい程度のものなのだそうです。

 時々、もし駄目だったらと思うととても怖い。叫び出したくなるくらい怖いんです。
 一生こんな風に石みたいにべッドに横になったまま天井を眺め、試合も見れず、球場に行くこともできず、
 誰にも愛されることもなく、何十年もかけてここで年老いて、
 そしてひっそりと死んでいくのかと思うと我慢できないほど悲しいのです。
 夜中の3時頃に目が覚めると、時々自分の背骨が少しずつ溶けていく音が聞こえるような気がします。
 そして実際そのとおりなのかもしれません。
 嫌な話はもうやめます。そしてお姉さんが一日に何百回となく私に言いきかせてくれるように、
 良いことだけを考えるよう努力してみます。それから夜はきちんと寝るようにします。
 嫌なことは大抵真夜中に思いつくからです。
 病院の窓からは横浜スタジアムが見えます。毎朝私はべッドから起き上って横浜スタジアムまで歩き、
 横浜ベイスターズを元気いっぱいに応援できたら・・・と想像します。もし、たった一度でもいいから
 そうすることができたとしたら、世の中が何故こんな風に成り立っているのかわかるかもしれない。
 そんな気がします。そしてほんの少しでもそれが理解できたとしたら、
 ベッドの上で一生を終えたとしても耐えることができるかもしれない。
 さよなら。お元気で」

名前は書いてない。
僕がこの手紙を受けとったのは昨日の3時過ぎだった。
僕は球場の控え室でコーヒーを飲みながらこれを読んで、
夕方練習が終ると観客席まで歩き、山の方を眺めてみたんだ。
君の病室から横浜スタジアムが見えるんなら、
観客席から君の病室も見える筈だものね。山の方には実にたくさんの灯りが見えた。
もちろんどの灯りが君の病室のものかはわからない。あるものは貧しい家の灯りだし、
あるものは大きな屋敷の灯りだ。あるものはホテルのだし、学校のもあれば、会社のもある。
実にいろんな人が横浜スタジアムを見ているんだ、と僕は思った。そんな風に感じたのは初めてだった。
そう思うとね、急に涙が出てきた。泣いたのは本当に久し振りだった。
でもね、いいかい、君に同情して泣いたわけじゃないんだ。
僕の言いたいのはこういうことなんだ。一度しか言わないからよく聞いておいてくれよ。
    
  僕は・君たちが・好きだ。
  
あと10年も経って、横浜ベイスターズや横浜のスレや、
そして僕のことをまだ覚えていてくれたら、僕のいま言ったことも思い出してくれ。
彼女のリクエストを張る。

−横浜は名前で外国人を獲っている−
http://sports5.2ch.net/test/read.cgi/base/1067908471/l50

このスレが終ったらあと5試合、またいつもみたいな野球漫才師に戻る。

  御清聴ありがとう。

 

−ヤクルト−

「つまりね、平本と高井のちがいってなあに?」
「もう一度質問を繰り返してくれないか」
彼女は繰り返した。平本と高井の違いとはなにか?

「つまり君は、平本と高井の違いについて知りたくて、
 電話をかけてきたんだ。日曜日の朝の、夜明け前の、うむ・・・」
「4時15分」と彼女はいった「気になってしかたなかったの。
 さあこれから寝ようと服を脱いでいる時に。そして眠れなくなっちゃった。
 あなたにはわかる?平本と高井のちがいが」

「たとえば」と僕は言って、天井を眺めた。すみれにものごとを論理的に説明するのは、
意識がまともなときにだって困難な作業なのだ。

「平本は大卒ドラフト1位の選手だ。それはわかるね?」
「なんとか」と彼女は言った。
「なんとかじゃない。ドラフトでそう選択されているんだ」
と、ぼくはできるだけ冷静な声で言った。

「異論や疑問はあるかもしれないけれど、それをひとつの事実として
 受け入れてくれないと、話が前に進まない」
「わかった。受け入れればいいのね」

「ありがとう。もう一度繰り返すけど、平本は大卒ドラフト1位の選手だ。
しかしそれは平本と大卒ドラフト1位とが等価であることを意味するのではない。わかる?」
「わからない」
「いいかい、つまり価値は一方通行なんだ、平本はヤクルトの大卒ドラフト1位であるけれど、
 大卒ドラフト1位の価値はヤクルトの平本ではない。それはわかるね?」
「わかると思う」

「しかし、たとえばこれが、【平本は高校生のドラフト1位である】と
 書いてあったとすれば、その二つは等価であるということになる。
 つまり、我々が高井というとき、それはすなわち高校生のドラフト1位を意味するんだ。
 さらにいえば、高井は成長可能ということになる。高井=高卒ドラフト1位ということは、
 その年の大卒ドラフト1位<4年後の高井であると期待するのと同じなんだ。簡単にいえば、それが高井だ」

「ふうむ、なんとなくわかった。田中総司と吉本亮の違いね」
「ちがう」

それから僕は電話をガチャンと降ろし、平本と高井の行く末を考えた。

 

−日本ハム−

僕は日本ハムの試合を見ながら眠りはじめていた。
それは一過性の、しかし非常に強固な眠りだった。
僕は眠気を追い払うためにTVを観ながら頭の中で「実松三振」とつづってみた。

SANEMATSU STRIKE OUT

簡単すぎて効果は無かった。
「日本ハムのベテラン選手(=experienced player)の名前をひとつ言ってみてくれないかな」
と僕は彼女の方を向いてそっと言った。彼女は日本ハムをこよなく愛していた。
「芝草宇宙」と彼女はTVから目を離さずに小さな声で言った。
SHIBAKUSA HIROSHI(=SORA)と僕は頭の中でつづってみた。考えてみると奇妙な名前だ。
「他には」
「黙って観なさい」と彼女は言った。
「すごく眠いんだ」と僕は言った。

「あなたは岩本がロクに成績も残せないくせにくだらない冗談を垂れ流す
 三流コメディアンだと思っているかもしれないけど」
と彼女は小さな声で話しはじめた。「昔はエースピッチャーだったのよ」
僕は彼女と日本ハムの試合を5回か6回観た事がある。そのうち2回は東京ドームまで観に行ったこともある。
でも僕は岩本のピッチングをろくに覚えていなかった。ただ単に長いイニングを投げていなかっただけのことなのだ。
「ふうん」と僕は言った。

彼女はそこではじめてTVから目を離しじっと僕の顔をみつめた。
「本当よ。あなたは信じないかもしれないけど」
「信じてるよ」と僕は言った。「ただ今は眠いだけなんだって」

「本当のことをいうと、日本ハムの試合を観るたびに眠くなるんだよ」と僕は正直に告白した。
「いつもいつも、きまってそうなんだ」
「それって何かの条件反射かしら?」「見当もつかないな」「きっと条件反射よ」
「そう言えばいつも変な夢を見るんだ」と僕は冗談を言ってみた。
「近鉄と一緒に消化試合をする夢なんだ。僕のチームはピッチャーが悪いんだ。
 投手陣がヒゲ面の日本人と馬鹿でかい外国人で奪ったリードを無理やり食い尽くしていくんだ。
 試合が終わってから三塁手はベンチ裏で・・・」
「黙りなさい」と彼女はぴしゃりと言った。僕は黙った。

−その2−

「・・・岩本勉について、私が何を調べればいいの?」
「ぜんぶ」と私は言った。
「とても急いでるし、とても大事な事なんだ」
「ふうん」と彼女は言った。「どの程度大事な事なの?」
「優勝にかかわることなんだ」と私は言った。
「ゆうしょう?」と彼女は繰りかえした。さすがに少しは驚いたみたいだった。
たぶん私のことを純粋な岩本ファンか
岩本ファンに見える純粋な人間のどちらかだと思っているのだろうと私は推測した。
私はどちらかと言えば後の方を選んでくれることを祈った。
そうすれば少しは私に対して人間的な興味を抱いてくれるかもしれない。
しばらく無音の振子のような沈黙が続いた。
「ゆうしょうって、23年も前にしたあの優勝のことでしょう?」
「23年かかる優勝もあるし、2年しかかからない優勝もあるんだよ。
でも信じてほしいんだけど、これは日本ハムにとって大事な事なんだ。」
「ねえ、私があなたのことをどう考えているかわかる?」
「優勝を諦めて現実逃避へ移行した末期的ファンか
 『まいど!』が聴きたいだけの岩本のギャグフェチ、
 どちらか決めかねているんじゃないかな?」
「だいたいあたっているわね」と彼女は言った。
「自分で言うのもなんだけど、優勝を諦めてはないよ」と私は言った。
「岩本のギャグフェチでもないし、ギャグですらない。
 岩本に関しては、期待を裏切りつづけられて、諦めを通り越して憎くさえあった。」
「ふうん」と彼女は言った。


−ダイエー−

「ワタナベ君、お金もう一億持ってきてくれない?」
「いいですよ。でも何するんですか?」
「これから二人でダイエーのお葬式するのよ」
ナカウチさんは言った。「淋しくないやつを」

ナカウチさんはまずキャッチャーの「ヨシナガ」をとても綺麗に静かに弾き出した。

「さて、買い手が見つかる前に何人売れるかな。
 ねえ、こういうお葬式だと淋しくなくていいでしょう?」

ナカウチさんはオーナー席に移り、「ハヤシ」を売り、「ハマナ」を売り、
「ムラマツ」を売り、「コクボ」を売り、「サクモト」を笑いながら売り、
「イグチ」を売った。僕はマッチ棒を七本並べた。

「七人」とナカウチさんは言って涙をすすり、煙草をふかした。
「この人たちはたしかに人生の哀しみとか優しさというものをよく知っているわね」

 

−その他−

「ねえお客さん」と突然運転手が言った。『やくやくスポーツランド』っておもしろいと思います?」
「やくやくスポーツランド?」僕は呆然としてバックミラーの中の運転手の顔を眺めた。
運転手もバックミラーの中の僕の顔を眺めていた。
「やくやくスポーツランドって、あの横浜ファンの・・・?」
「そうです。おもしろいと思いますか?」
「やくみつる的なおもしろさとか、メタファーとしての大洋ホエールズとか、そういうんじゃなくて純粋なおもしろさ?」
「もちろん」と運転手は言ってから五十センチばかり車を前進させた。
「わからないな」と僕は言った。「わからないよ」
「わからないじゃこまるんですよ。おもしろいかおもしろくないか、どちらかにして下さいよ」
「おもしろくない」と僕は言った。
「やくやくスポーツランドはおもしろくないんですね」
「おもしろくない」
僕はポケットからタバコをひっぱり出して口にくわえ、火をつけないまま唇の上で転がした。
「がんばれタブチくんはどうです?おもしろい?」
「がんばれタブチくんはおもしろいような気がするな」
「気がするじゃなくて、イエスかノーで答えてくれませんか」
「イエス」と仕方なく僕は言った。「おもしろいよ」
「がんばれタブチくんはおもしろいんですね?」
「イエス」
「しかしやくやくスポーツランドはおもしろくない」
「おもしろくない」

「それではやくやくスポーツランドとがんばれタブチくんの違いとは一体なんですか?」
「がんばれタブチくんというのはつまり応援態度の勝敗執着に対するアンチ・テーゼだな」
 と僕は口からでまかせを言った。そういうのはとても得意なのだ。
「ふうん」
「しかしやくやくスポーツランドというのは、四コマを軸にした選手批判だ」
「つまりアンチ・テーゼは認めるが、選手批判は認めない、と」
「ファンの愚痴を聞いてると、もうキリがないからさ」
「お客さん、インテリですね」
「ははは、大学に七年も通ったから」
 運転手は前方に延々と続く車の列を眺めながら細い煙草を口にくわえてライターに火をつけた。
ハッカの匂いが車内に漂った。
「でもね、やくやくスポーツランドがおもしろかったらどうします?」
「参っちゃうだろうね」
「それだけですか?」
「いけないかな?」
「いけないですよ。四コマというのはもっと崇高なもんです。東出はエラーすると思えばする。しないと思えばしない。」
 なんだか大下剛史の解説みたいだ。

−10・19−

僕が10月19日の22時50分ぴったりに『ジェイズ・バー』の前に車をつけた時、
鼠はガードレールに腰掛けてフラン・レボウィッツの『嫌いなものは嫌い』を読んでいた。
「何かあったのか?」僕はそう訊ねてみた。
「終わった」
「終わった?」
「終わったんだ」
僕は溜息をついてネクタイをゆるめ、上着を後ろの座席に放り投げてから煙草に火を点けた。
「さて、何処かに行きますか?」
「お菓子工場。」
「いいね。」
と僕は言った。

−パリーグについて−

「最近のパリーグの選手はみんな礼儀正しくなったんだ」と
東尾は島本さんに説明した。

「僕が選手の頃はこんなじゃなかった。パリーグの選手といえば、
 外国人はクスリをやっていて、選手の半分くらいが性格破綻者だった。
 でもときどきひっくりかえるくらい凄いプレーが見れた。
 僕は大阪の藤井寺に行って近鉄戦で投げていた。
 そのひっくりかえるような経験を求めてだよ」

「そういう選手たちが好きなのね、東尾くんは」
「たぶんね」と東尾は言った。
「まずまずの素晴らしいものを求めてパリーグにのめり込む人間はいない。
 九の外れがあっても、一の至高体験を求めてファンはパリーグに向かって行くんだ。
 そしてそれがパリーグを動かしていくんだ。それが芸術というものじゃないかと僕は思う」

東尾は膝の上にある自分の両手をまたじっと眺めた。
それから顔を上げて島本さんを見た。島本さんは東尾の話の続きを待っていた。

「でも今は少し違う。今ではパリーグは経営重視だからね。
 球団がやっているのは資本を投下して回収することだよ。
 職員は芸術家でもないし、何かを創り出しているわけでもない。
 そして球団社長はここでべつに芸術を支援しているわけではないんだ。
 好むと好まざるとにかかわらず、この場所ではそういうものは求められていないんだ。
 経営している方にとっては礼儀正しくてこぎれいな連中の方がずっと扱いやすい。
 それもそれでまた仕方ないだろう。
 世界中が江夏豊で満ちていなくてはならないというわけじゃないんだ」

 

 

ていうか、横浜ファンじゃないのにめちゃくちゃ言ってますけど。

横浜ファンの人怒るかなあ。苦情は全部黒タカさんにお願いします。

それでは。

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