トック氏が送る
ノーマル映画レビュー




『世界の中心で、愛を叫ぶ』





いやなんです あなたのいつてしまふのが

花よりさきに実のなるような

種子よりさきに芽の出るような

夏から春のすぐ来るような

そんな理屈に合わない不自然を

どうかしないでゐてください



−智恵子抄−
あらすじ



朔太郎(大沢たかお)の婚約者・律子(柴崎コウ)が突然失踪。

途方にくれる朔太郎はニュース番組に映る律子を発見。

彼女は自分の故郷、四国にいる。どうして?

朔太郎は律子を追って帰郷。

そこでよみがえる高校時代の記憶。

朔太郎(森山未來)とアキ(長澤まさみ)の哀しい初恋物語。





見てきました。世界の中心で愛を叫ぶ。なかなか面白かったです。
2時間20分あっても、余り長さを気にさせない映画でした。かと言って隙がないかと言えばありまくり。

突っ込ませたいんか、と思うシーンと、ぐっと来るシーンが交互に来て、そのテンション配分が上手かったと思います。
監督は流れに関しては計算してたのかな。強弱の部分で、ここは多少無理してここまでやっていい、ここはしっかり押さえとこうって感じで。
ただ、物語を見た時にそこは決めといて!ってところまで外してたので、なんだか変なんですよね。
設定のアラを抜いても、自分の過去を知らない人からはどう見えるのかが置き去りになってたので、
ラストシーンも消化不良な感がありました。

じゃあこの映画何がよかったかって、やっぱりキャスティング。
物語がクラシックでストレートだから、役者の力量にかかる比重は大きくなる。
長澤まさみと森山未來がまず光ってるし、大沢たかおと山崎努も2人していい味出してる。
山崎努が写真屋ってのも上手い。写真はその時、その一瞬を切り取って残すものだから。
初恋の人をずっと想いつづけて、骨まで愛する人の造詣として、山崎努は似合っていました。
高校生役の2人は、この2人でないと微妙なバランスが崩れて無理だろうな、と言えてしまうほど。

アキ(長澤まさみ)は可愛い。可愛いというか天然。嘘つくことをしらない、真っ直ぐな人。
正直に「自分が忘れられるの嫌」って言えないと思いますよー、なかなか。
俺は写真大嫌い人間なんで、ウェディング着て写真撮るなんて行為はやめとけ、と言いたかったけれど、
ああいう状況で、ああいう性格の子に言われたら、しょうがないよなって気にはなる。ただただしょうがない。
でも可愛さの部分は造花的な純粋さ、可愛さって感じはしました。
セリフや仕草でもちょっとこの子作ってんちゃうかなー(映画的な作りとは違う意味で)と思わせちゃう部分。
もう一歩踏み込まずに済ませてる。ちょっと弄りたくなるね。
いいんだよそんなのは、お前の中に住む悪魔が見たいんだよ!と(いやホントは見たくない)
原付2ケツして「胸が当たる」だの無人島で「ちょっとだけヨ」やったり(チャンチャカチャチャチャチャチャッ)
おっさんウケかよーと思うシーンはあれど、それがぴったりはまっていて、人をひきつける力はあったと思います。
いい役者さんだ。笑顔と声がいいです。テープ交換で声のよさがいかされてたかな。

朔太郎(森山未來)はちょっと抜けてて、冴えなくて、でも一生懸命で、嫉妬もする、等身大の高校生って感じ。
楽しい時は楽しく笑い、哀しい時は哀しく泣く。分かりやすいキャラクターがはまっていて良かったです。
こちらは作っている感じはしなかった。すんなりああこういう人なんだ、と入っていけました。

おまけは歌詞ばっちりの曲で盛り上げる平井堅。
キャスティングの勝利、突っ込みシーンとガチンコシーン配分の妙、そんな映画でした。
つーか大沢たかおは鳥谷(阪神)に似てるなあ。似すぎてるなあ。
高校生の初々しさ、この2人が見たい人は映画見に行っても損しないと思います。


以下ねたばれ。


朔太郎とアキは付き合い始めて紆余曲折ありながらも楽しい日々を過ごす。
ところがアキは白血病だった。無人島旅行の際に病状が悪化、闘病生活を余儀なくされる。
アキは入院してからカセットテープに録音して自分の状況を伝える。そのテープを朔太郎に届けていたのが実は小学生だった律子。
死期を悟りつつあったアキは、朔太郎にアボリジニが言い伝える「世界の中心」の話をする。
世界の中心とはオーストラリアの大地にあって云々、朔太郎はアキが死ぬ前にと、オーストラリア旅行を計画。
結婚宣言、パスポート用の写真を撮って、タキシードとウェディングドレス着て写真撮影。
2人は病院を抜け出してオーストラリアに飛び立とうとするも飛行機が台風で欠航。
アキはそのまま力尽きて台風到来と共に死んでしまう。
「あなたはあなたの今を生きて」と最後の言葉をテープに吹き込んで、それを渡せないまま、時は流れる。
(最後のテープを渡せなかったのは律子が車に轢かれたため、律子はその後遺症で足に障害を持っている)
やがて朔太郎と律子は偶然出会い、以前出会っていたことを知らぬまま、結婚を誓い合う仲に。そして律子失踪。
律子の失踪理由は最後のテープを偶然見つけ、アキと朔太郎の関係を知ってしまい、自分の失敗にいたたまれなくなったからだった。
アキとの思い出巡りを終えた朔太郎は山崎努の写真屋に到着。「俺逃げとった」と号泣。
その昔、アキと朔太郎に「俺の愛した女の遺骨を盗んで来い」と命令した山崎努は朔太郎の気持ちが十分分かるので、
「生き残ったもんはあとかたづけしかできねえ」と朔太郎にアドバイスを与え、
決心した朔太郎は律子と一緒にオーストラリアへ行き、アキの遺骨を撒くことでようやく区切りをつけることができました。
めでたし、めでたし。

うーん、書いてみると凄いね。つーかもうナシ。そんなのナシ。

で、物語の設定もさることながら突っ込みシーンの勢いは凄い。
アキが倒れて無人島から帰って来て、アキの父親が車から降りてきて凄い勢いで一発殴って
見事に5回転くらい転がるシーン(凄い勢いで転がります。ジャッキーチェンくらい転がります)、
律子が実は病室にいたアキが吹き込んだテープを朔太郎に運んでいた小学生の女の子で、
高校生朔太郎と面識があったにも関わらず、お互い結婚する段階にあってなお、
自分達がアキを接点にして関わりあってたことを知らなかった。おそらく両親に紹介済ませてるにも関わらず。そんなのナシ。
律子の居場所を知るきっかけが、テレビのニュースに映っちゃったって。稲川さん映ってます。ちょっと待てよ。
ラストシーンも外してた。オーストラリアに行ってヒッチハイクして車パンクして、
遺骨風に飛ばして「ははっアキらしいや!」えー?そのテンションは違う、って感じで。
お父さんが娘の彼氏の高校生に「何もしてやれない」とか愚痴って号泣したり。言わないでしょー。
お前ならできるってわけでもないし、させるわけにもいかないし。勢いでここまでやっちゃえ!ってノリかな。

でまあその辺は強弱の部分もあるからいいとして、最も気になったのは律子さん(柴崎コウ)の位置付け。
どうやって出会ったのか、結婚する経緯、なぜ知らないのか、そもそも偶然に頼りすぎてる、
設定のアラとしても、物語の中だけにおいても、朔太郎(大沢たかお)がトリップしてる姿見て律子さんは納得できませんよ。
結婚前の彼氏が10何年前の死んだ彼女のことをボロボロ涙流しながら思い出して、ガチンコでまだ愛してる。
自分のことなんかほっぽらかして2人の世界入ってる。体育館のシーンはかなりホラー。
ウォークマン装着した彼氏が1人でピアノの前にたたずんで、テープ聞きながらトリップしてる姿を目の当たりにしちゃう。
すっーと気持ちが引いちゃうか、嫉妬するって。律子さんは狂気にずっぽりひたれる立場にいない。
律子さんは伝書鳩してただけで、だからまず単身高松へ失踪するのも納得し辛い。
面識があって、アキに対して良いイメージを持ってたから、思い出の副産物として、
3分の1くらいは狂気に身体を預けられるかもしれない。でも3分の2は現実に生きてなきゃいけない。
せめて、狂気と現実の狭間を行ったり来たりして欲しかった。こういうのホラー的な思考なのかなー。
結局、ああいうことになった時に、すんなり彼氏のやることなすこと認めてあげられるかどうか。
認めてあげられるなら、どこかでその理由を少しでも見せて欲しかった。
現在から過去を描いているので、これからどうするか、現在どうであるのかってキーはしっかりしといて欲しかったです。

いいなと思ったシーンは写真を撮る時に森山未來が便所に入って、感極まってたぶん泣いちゃう。
(たぶんというのは明確に描かれてない。便所行く前、便所出てきたところだけ)
みんながわいわいやってる中で一人逆方向に向かって顔ぐしゃぐしゃにして歩いてる。
鳥谷敬、もとい大沢たかおの泣き顔。泣き顔凄く上手い。
埠頭で出合った時のクラシックな雰囲気。それから、朔太郎の名前の由来を語るシーン。

「朔太郎って、おじいちゃんが萩原朔太郎好きだったんです」
「ああ、智恵子抄の」
「違いますよ」
「じゃあ、なんだっけ?」
「・・・・・・」

これ意味深なセリフで、「智恵子抄」って奥さん(智恵子)が発狂して病院で肺病併発して死んでしまった、
その時までの想い、智恵子さんと一緒に過ごした日々を綴った詩集。(上のは他の男との結婚を引き止めた詩です)
作者は高村光太郎。

朔太郎自身は口ぶり見るとたぶん智恵子抄を知らない。
このシーンは高校時代と30過ぎの朔太郎と2回あって、30過ぎの朔太郎もたぶん知らなかった。
それはアキの死から目を逸らしていたことも匂わせてる。知ってたら、考えずにはいられないだろうし。
「ああ、智恵子抄の」にも何か普段と違った反応はあるはず。それがないということは知らない。この見せ方は好き。
萩原朔太郎は「月に吠える」ですね。高村光太郎と同じく詩人で、おしゃれさん。音楽も好きな人です。

で、上にも書いたように、恋愛というよりは、極まってほとんど狂気レベルまで行ってしまってる。
誰が今にも死にそうな白血病患者引っぱりまわしてオーストラリア行くとか言い出しますか。
山崎努も渋いお爺さん役なのかなと思えば、初恋の人の遺骨をパクって来いですよ。怖いって。
髪の毛抜けて坊主になって死ぬ間際の彼女に婚姻届持ってきて「結婚しよう」言えますか。あーもう高倉健。不器用。
結婚前に未練たらしくテープ聞いて、思い出の場所をたどってトリップできますか。できませんよー。冷静な状態なら。

ようするに、恋愛したらちょっとくらい頭おかしくなるよってことで。なるなる。くるくるぱーになる。
とは言っても、頭おかしくなるのも実はそんなに悪くないし、むしろ少しは狂った方が面白いし。
ロミオ参上!ですよ。バカですよ。でもそれに近いことやっちゃう時ってあるよな。いや俺はある。恥ずかしいことに。

でも環境や状況や自分の気持ちの濃度によって、ちょっとどころでなく、それは完全な狂気になりえる。
まして相手は死んでいて、その存在に答えを見つけられなければ、区切りをつけることを忘れていれば、
ふとしたことから、自分の中で想いがどんどん大きくなっていく。
本気からしか狂気は生まれないから、本気は描かれてる。狂気の中にいることができるのは、
白血病という壁があって愛し合った高校生2人、そして置き去りにされた30朔太郎と山崎努。
純愛=狂気。でもそれもまたよしって印象でした。ひとえに役者のパワーの賜物。

空いてる時を狙ったので客あんまりいなかったんですけど、ずーずー泣いてる声も聞こえました。
でお隣もずーずー言ってました。いっつも憎まれ口叩いてる割には涙もろいのかな、と思ったら。

「あれ?泣いてた?」

「泣いてないよ。泣いてない。鼻炎ぎみなの」

かわいくないなあ。

「この人は色んな人を不幸にして死んで行っとーね」

うーん、さすが。でも納得。


最後に、割と年いってる人の方が80年代の雰囲気を楽しめるかも。
佐野元春や渡辺美里が流れたり、他にも随所に80年代チックな小物満載。
80年代にリアルタイムで高校生だった人が見るとまた違って見えたりするのかな。
60年後半から70年初め生まれの人、見に行ってもいいんじゃないでしょーか。
おしまい。



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