トック氏が送る
トラウマ夢日記


−火星人− /19歳の夏/

 

火星の住民の有無を問うことは我我の五感に感ずることの出来る住民の有無を問うことである。

しかし生命は必ずしも我我の五感に感ずることの出来る条件を具えるとは限っていない。

もし火星の住民も我我の五感を超越した存在を保っているとすれば、

彼等の一群は今夜も亦篠懸を黄ばませる秋風と共に銀座へ来ているかも知れないのである。

−芥川竜之介−

 

やっとの思いでホテルを見つけ、自分の部屋に転がり込んで、床にかばんを放り出してベッドに寝転び、

落ちついたところでバスルームのドアを開けると、中にいたのは火星人だった。

見た目は初老の老人である。

しかし自分がイメージとして持っていた形而上的老人に対して、何一つ外れるところのない老人だ。

だから、火星人だと思った。もちろん老人は仮初めの姿で、化けているだけだ。

「火星人ですよね?」

と聞いてみた。

「はい、カセイジン、です」

一般的過ぎる老人の声だった。

あらゆる国のあらゆる人種の老人を10億人ほど集めて一斉に喋らせ、音の高低と抑揚の平均を算出し、声にしたようだ。

やはりこいつは火星人だ。

なんだか変な気分だった。それ以前にどうして自分の部屋で火星人が風呂に入っているのか不思議だった。

「ここ俺の部屋なんだけど」

「いっしょ、に、温まりましょう」

どうして火星人と一緒に風呂に入らなければならないんだ。そもそも部屋代払ってるのか、こいつは。

いや、払ってないだろうな、火星人だから。

火星人なので地球人の常識が通用しないのかもしれない。

特に悪いイメージが湧かなかったので、また下手に暴れられても困るので、

結局服を脱いで、小さなバスルームにつかり、向かいあって座った。

湯は特別な入浴剤でも入れているのか、下半身にとろりとまとわりついて、全身の力がすうっと抜けていった。

 

「なんで地球に来たの。侵略?観光?」

はっきりいってどうでもいい。ぶしつけに聞いてみた。

火星人は答えなかった。

体育座りのまま火星人と見つめ合っている自分がバカみたいに思えてきた。恋人同士じゃあるまいし。

「セカイがおわる」

火星人が唐突に口を開いた。

「はい?」

「セカイが、なくなる」

どう答えようか迷った。というのも、火星人の言葉を耳にした瞬間、本当に世界は終わるのだ、と実感できたからだ。

火星人の言っていることは真実だ。

少し考えて、今、世界が終わったところで自分が何も困らないことに気づいた。

ただし世界が終わる過程には興味があった。

「どうなるんですか」

「なくなる」

「消える?」

「・・・・・・」

「その、空間的な概念で表される全てが一瞬でなくなってしまう、とか」

「或る日突然、全部消えちゃう。何もかも全て」

火星人は物分りの悪そうな犬を憐れむような表情で首を横に振った。

「ない」

「いいや、どうでも」

またしばらく向かいあって見つめあった。沈黙が重たい。

 

火星・・・・・・、火星に関する話・・・・・・、どう切り出すか迷った。何を話せばいいんだろう。

「あー、Life、on、the、Mars?」

火星人は何を言っているのか分からない、という風に首をかしげた。そりゃ分からないだろうな。

「デビッド・ボウイってインチキくさい曲を作る火星人がいるんだけど」

皮肉を言ってみた。火星人の正体を見たかったからだ。

殺されるかもしれないが、どうせ世界がなくなるんだから、ここで殺されたってかまわない。

火星人は何も答えず目を伏せた。どうやら地球の歌には興味がないらしい。

また、長い沈黙が続いた。

 

十分身体が温まったので、そろそろ風呂から出ようとした時、

火星人は何を思ったのか、ふいに両手で風呂の水をすくい、

「ヤーナ」

とつぶやいた。

「はい?」

「ヤーナ」

「?」

翻訳するまで、どうやら少々時間がかかるようだ。しばらく待つことにした。

目を見開いたまま、火星人は首をゆっくりと左右に振り、後頭部を手の平で何度か叩いた。わざとらしい。

「妊婦の腹を裂いて、羊水を風呂の水に使っているのです」

「ふーん」

そんなこと信じられるはずがない。

「本当です。だからあなたはとても気持ちがいい」

嘘だ。

「さようなら」

突然、火星人の皮膚が真夏のチョコレートのようにどろどろに溶けはじめた。頬の肉がごそりと崩れ落ちた。

驚いて風呂から飛び出る。火星人はずぶずぶと音を立てて湯と混ざり溶けるように沈んでいき、

もう一度覗いた時にはただ透き通った妊婦の羊水―と火星人が呼んだもの―があるだけだった。

火星人は死んでいない。世界の終わりを感じて、柔らかい赤土に覆われた星へ帰ったのかもしれない。

 

−備考−

 

・表面上は優しそうな火星人。

・妊婦の羊水、のくだりは火星人の嘘。ただなぜそんな嘘をついたのか分からない。

・風呂は確かに気持ちよく、疲れがよく取れた。
−黒衣聖母− /4年ほど前/

 

                              

今から書くことは、全て本当に起こったことです。また私の正直な気持ちです。

私は今までケイに嘘をついていました。ごめんなさい、私はケイを失うのが怖かったのです。

それと同時に、全てを知ることでケイが私から離れていくのに、どうしても耐えられなかったのです。

そのせいで私は色々な嘘をついていました。ケイにも、自分にも。


私はミサキを知っています。彼女は私の親友でした。私はあなたがミサキと付き合っていることも知っていました。

だって、私とミサキはよく会っていて、一緒に食事することもよくあったし、

その時にミサキはあなたのことをとても楽しそうに喋っていたから。

 

私はあなたからミサキを奪いたいと思いました。ミサキが部屋から消えたのは1994年の夏の日でしたね。

あなたはそれをよく覚えているはずです。私はたぶん、ミサキが最後に会った人間だと思います。

 

ミサキはあなたのどこか飄々としてつかみどころのないところを不安に感じていて、

私はそんなミサキを見て、その心の隙をつくように、あなたの欠点を並べ立て、別れるよう勧めました。

それでもミサキはあなたを信じていたのです。それがたまらなく憎かった。

だから私は半分、嘘をつきました。ケイと私が寝たこと、ケイが私を愛していると言ったこと。

もちろん、半分とは「愛していると言ったこと」です。

あんなものは、ケイにとって、ただの一夜の過ちです。だって、そうでしょう?

苦しんでいる時に、裸の私が、さも抱いてくれと言わんばかりに、すっぽりと現れただけなのだから。

 

私のどうしようもなく汚らしい嘘のせいでミサキはあなたの前からいなくなりました。

私はああいう父親をもって(これは言い訳だと自分でも分かっています)、

愛というものを心のどこかで疑っていたのだと思います。

愛は自然に生まれるものではなく、奪い取って手に入れるものだと信じ込んでいたのです。

 

彼女がいなくなり、私の中にぽっかりと穴があきました。やっと自分のしたことの重大さに気づき後悔しました。

だから、私は、あの二十歳の頃に、あなたが私に言い寄って来た時、断るつもりでいたのです。

もし事実を隠してケイが私を好きになったとしても。あなたに愛される資格がないと思ったからです。

でも、現実はそれと正反対ですね。ぬけぬけとケイを騙し、自分の欲のままにここまで生きてきました。

どう言い訳しても、私はケイからミサキを奪い取った汚い盗人です。

 

でも、それでも私はあなたが好きだった。

 

一昨日の夜、あなたはミサキの名前を口にしていました。

私はここに来てから全てを忘れようと思っていたのです。でもあなたの中にはミサキがいました。

ずっとずっと、これからも居続けるのでしょうか?

 

私は自分の力であなたを手に入れたかったのです。手に入れたくて仕方なかったのです。

でもそれはどうやっても叶えられないみたいです。悔しさで今でも涙が出てきます。

悔しさを感じる自分にも腹が立ちます。

しかし、かなわないと分かっていても、私は今でもあなたと一緒になりたいと思っています。ミサキがそう思っていたように。

 

これから三日間教会に行きます。禊です。そんなことで罪が償えるとも思っていません。

でも、私があなたと一緒になるためにはそうしなければならないのです。

2人で見た、あの黒衣聖母は私です。

ドルイド教徒に愛されたマリアは黒く塗られて、それでもケイは私をできる限り愛してくれています。

 

そして、そんなあなたが私を抱く時、あなたの肌からはミサキの記憶が伝わってきます。

私には分かるのです。

あなたがどんな風にミサキを抱いて、どんな風にミサキを愛したのか。

そしてそれが、たまらなく辛くて哀しい。

 

ケイがこれを読んだ後、まだ私と一緒になりたいと思うのなら(本当にあつかましいと思いますが)、

18日の夜に私達の家で待っていてください。

もう私の全てが嫌いになってしまったのなら、まったく勝手なのだけれど、何も言わずに、日本へ帰ってください。

二度と会わないのが、私達にとって、いいことだと思います。

ここに来る時に持ってきたお金も全て入れてあります。あなたを失った私には何も必要ありません。

 

もし日本に戻ったのならミサキに会いに行ってあげてください。

私はミサキがどこにいるのか知っています。(そこにはミサキの住所が書かれていた。青森県××市××郡・・・)

ミサキは今でもあなたのことを愛しています。私もあなたを愛しています。

 

柏木陽子

 

 

ここはフランスの片田舎の民宿。これは部屋の机の引き出しに入っていた手紙。

 

−備考−

 

・黒衣聖母に関する雑学書を読んだので、こんな夢見ちゃったのかも。

・手紙の内容はうろ覚えなので細部は付け足してます(名前は仮名)。

・彼氏はたぶん帰ったんだろうなーと。
−つける女と沈む車− /19の冬/

 

御堂筋線、だったと思う。

 

脇道を歩いていると、ストーカー女が足を投げ出して道路にへたりこんでいた。

自分とストーカー女以外、他に人影は見当たらない。

「もう、立てない」

とストーカー女は言った。

歩けるくせに、と思った。

ストーカー女の手をつかみ、立ち上がらせようとしたが、ダダをこねた子供のように立ち上がらない。

「おぶってってよ。疲れたの」

バカ言うな。

無視して通り過ぎたところで、後ろからストーカー女が覆い被さってきた。

「あー、ちょっと歩いたらバス停あるから。そこまででいい」

振り落とそうと思ったが、落ちない。どうして落ちないんだ。おかしい。つーかやっぱり立てるじゃないか。

この嘘つき女め。ちくしょう、むかっぱらが立つが、落ちないものは仕方ない。

おぶってバス停まで連れて行くことにした。このまま脇道をまっすぐ行けば・・・、

と、それにしても重い。身体つきを見れば痩せている方なのに、まるで砂袋をかついでいるようだ。

「しりとりしようよ。しりとり」

「んー」

「しーりーとーりー」

 

前もこんなことがあったな、と思いだす。初めて会った時だ。自分と友人と、ストーカー女の友人とで、少し話をした。

その時の様子を見て、ずいぶんおかしな人だな、とは感じたけれど、

その段階では、彼女が友人にストーカー行為を働くなんて気づかなかった。

自分がほとほと困り果てた友人の間に入って彼女を長々と説得し、

病院に行くようにすすめ、その代償として身の上話を聞くことになった。

しかし少しは興味本意も混ざっていたのだから、文句は言えない。

 

2時間ほど話を聞いた。他人がうらやむような裕福な家に生まれて、それからどんな風に育って、

父親と母親との関係はどうで、こうで、中学時代はどうで、高校時代はどうで、こうで。

明らかにつじつまが合っていない話もあり、何が嘘で何が本当かだんだん分からなくなってきた。

全部嘘かもしれないし、ひょっとするとほとんどは本当なのかもしれない。

 

あー、なにしてんだ俺は。

「あ、あ、あー、アリ。はいアリ。リだよ、リ」

うーん。

「リタイア」

「あんこ」

「コジカ」

「かき」

「菊地寛。あー、『ん』だ。俺の負け」

「誰よそれ」

「知り合い」

「あーそう。じゃあ『ひ』、ひ!早くしろ早くー」

なんで『ひ』?と考えてやめた。どうせ理由なんかない。

「ひとを見たら泥棒と思え」

「なにそれ」

「そのままの意味」

「へー、○○くんって性格悪いんだねー」

うーん、放り出したい。しかし腕が六角ネジで固定されたように、ストーカー女の太股とくっついて離れない。

「『え』、ね?『え』?だっけ?」

「そうだよ」

「えーえーえー、エッチ」

何言ってんだこの人は。

しかし、こういうことを突拍子もムードも状況も自分の立場も相手の気持ちも考慮せず言う人なのだ。

もう慣れてしまった。

「地図」

「ず、ず、ずー」

「・・・・・・」

「ずーずーずー」

「・・・・・・」

「『ず』なんて難しいの出すんじゃないわよ!何考えてんの!バカじゃないの!」

こんな具合で感情の起伏も激しい。急にそこら辺のモノを手にとり机に叩きつけたりするのだ。

あー、しんどい。

「すでいいよ」

「すいか」

「か、かー、あー、ついた」

いつのまにか、バス停の前に来ていた。すると今まで動かなかった腕の自由が利くようになった。

素早くストーカー女を降ろして、

「じゃあね」

そう言って別れた。

 

場面が切り替わり、車に乗っている。横にはストーカー女が座っている。

どうして?さっきバス停で降ろしたはずなのに。

ストーカー女は助手席でお行儀よく膝に手を重ね、金持ちが好む人形のように上品に座っていた。

ただしかし、首だけは横に曲がり、窓の外を焦点が定まらない目で眺めている。もう見ないことにした。

奇妙な感覚だった。ぐにゃぐにゃと足場がゆがみ、車が不規則に揺れ始めた。

泥の上を走っているようだった。

オーディオからビートルズの『ハピネス・イズ・ワーム・ガン』が流れている。

ハッピネス イズ ワーム ガン 

バン、バン

 

しばらく行くと、通常の5倍ほどもある大きな標識が立っている。左折の標識。それから制限速度40キロの標識。

道路は渋滞しはじめ、突き当りを左に曲がった土手の先まで、車の葬列、がずっと続いていた。

曲がってはいけない、と思った。これ以上、先に行ってはいけない気がした。

 

また場面が切り替わり、橋の上でストーカー女と車の海を眺めていた。

左折した先で車は土手をずりずりとすり落ち、次から次へ川へ突っ込んでいった。

ずぶずぶ、車の中にいる家族や、カップルは慌てる必要もなく、ただ川底へ沈んでいく。

「かわいそーね」

とストーカー女はどうでもいいような口調で言った。

自分は何も言わなかったし、何も感じなかった。

彼らは自分でその道を選び、沈んでいくべくして沈んでいくからだ。

 

 

 

−備考−

 

・最後には、ストーカー女にあまり腹が立たなくなっていた。

・肉体的に疲れた時に見た夢。
−れんこんばたけで会いましょう− /20の夏/

 

れんこん畑を前にして、自分は1人、ベンチに腰掛けていた。

自分がいる高台の眼下に一面のれんこん畑が広がっている。

よく耕された肥えた土に、れんこんらしき毛にまみれた固まりが等間隔に頭を出している。

どうして自分がこんなところにいるかというと、小学校の同窓会の誘いを受け、待ち合わせ場所がれんこん畑だったのだ。

ぼっーとれんこん畑を眺めていた。日差しは強く、あちこちからセミの鳴き声が聴こえてくる。

しばらく経つと、目の前のれんこん畑に違和感を受けた。

 

あれ、そもそも、れんこんに畑なんかあったっけ?

 

れんこんって、土の下に根を出して、頭だけ出して、だいこんみたいに生えているんだっけ?

うーん、違う。違うような気がする。

れんこんは水田みたいに水を引いた畑で育てられ、蓮っ葉が顔を出して、花を咲かせて・・・。

しかし、まさに今、眼前の盛り立った沃土にアメリカ兵の共同墓地みたく並んでいるのは、間違いなくれんこんなのだ。

れんこんの群れがずっーと先まで、地平線の彼方まで続いている。

つーか、こんなにれんこん作ってどうするんだろうな。余計なお世話か。

 

そんなことを考えながら待っていると、友人のOがやってきた。

「おー」

「ひさしぶりー」

他愛ない話が続く。

前に電話した時もこんな話したかなー、という、いつもと変わらない女や身の回りのちょっと面白い話。

いったん話題が途切れたところで

「ここってなんか変だよなあ」

とOは言った。確かに変だ。

「れんこん畑のくせに、でかすぎるぞこれ」

「つーか、そもそも、れんこんか、これ」

「おいおい、どー見てもれんこんだぞ、あれは」

うーん、まあいいや。れんこんでも何でもいいから、すくすく育ってください。

 

しばらくたつと、周りにちらほらと同級生が集まり出した。

男4人、女3人、男2人、女4人、そんな風に増え始めた。

ぼっーと同級生を眺める。綺麗になっていた子もいたし、全く綺麗になっていなかった子もいた。

背が大幅に伸びた奴もいれば、小さいままの奴もいた。

しかし小学生の時の雰囲気をみんな何処かに持っていた。なんだか懐かしくなった。

 

女の子が周りでぺちゃくちゃとやり出した。合わせて自分もOらと一緒に同級生と話をした。

一通り挨拶を終えると、幹事のTが来ていない、という話になった。

何してるんだろう。Tの友人が、携帯で連絡しても出ないらしい。幹事がドタキャン?

まさかー、と思いつつ、不安がよぎる。

だって、れんこん畑で集まる意味なんて何もないのだから。

しかし、むしろ同窓会の集合場所としては悪くなかった。

れんこん畑には何処かノスタルジックな雰囲気があった。

「ひろいねー、ここ・・・・・・」

女の子の誰かがそんな風につぶやいた。

 

ようやく、幹事のTが来た。

Tは、悪い悪い、という風に謝ってから、皆を先導して、れんこん畑とは逆の方へ歩いていく。

こんなに大人数で飲むの久しぶりだなー、そう思って、ふと、振り向くと、

れんこん畑はもう大分遠くなっていたのだけれど、さっきまでは一つもなかったれんこんの真っ白な花が、

畑一面に歓喜の叫びを挙げたように広がっていた。

 

 

−備考−

 

・れんこんは水田で作るのが正しい。

・でもあれは確かにれんこん畑。

・一斉に開いたれんこんの花(実際のれんこんの花はピンク色、稀に白)は本当に美しかった。
−CRY ME A RIVER−

 

「変な夢みたりする?」

「んー、昔はたまにみてた。最近ほとんどみないけど」

「そうなんだ」

「たまにみたくなるなー。想像力が働くから」

「私ねー、最近同じような夢ばっかりみるんだけど」

「どんなの?」

「あんまり面白くないよー」

「いいよ。話して。気になるから」

「広い一本道に立ってて。人の数凄いの。人ごみの中にいて」

「きついなー、混んでるとこ嫌いでしょ」

「うん、すごいしんどいよ。もーね、大変。でね、前に深い川があって、そこに飛び込んで行く夢」

「ふーん」

「飛び込みたくない。飛び込んじゃいけないって思ってるんだけどー」

「飛ぶんだ」

「飛ぶ。飛びたくないのに」

「なんで?」

「周りの人がどんどん飛びこんでくのよ。あーっ!私も飛び込まなきゃ!ってジャンプ」

「へー」

「ほんっとーに飛び込みたくないの。でも皆が飛んでるからこれはきっと変なことが起こるんだっー!って」

「急かされてる感じ?」

「そう。で、飛び込んで凄く安心。あー、助かった、って感じ。実際助かってんのよ。上は火事。火ぼーぼー」

「大変だ」

「大変。みんなうわーっ!とか言って叫んでばたばた死んでくの。飛び込んで正しかったでしょ?」

「正解ー」

「うん」

「でもさ、もし飛び込まなかったら、どーなんのかな。夢の中だし」

「さあ?どうなるんだろーね?」

「今度その夢みたら、ちょっと我慢してみて。あえて飛ばない」

「いや。めちゃくちゃ怖いんだから。って気づかないでしょ、夢の中なんだし」

「そっかー、そうだよな」

「って、我慢しろってねー、もしかしたら、死んじゃうでしょ」

「夢だから死なないって」

「そういう問題じゃないの」

 

−また或る日−

 

「あ、そうだ。みたよ。あの夢」

「どうだった?」

「それがさー、我慢できた。なぜか夢の中って気づいてて」

「おー、すげー」

「凄いでしょ?」

「で、大丈夫だったの?」

「うん、飛び込んだ人、みんな溺れて死んじゃった」

 

−備考−

 

・そんなもんだ。
−ぱっぱらぱー教団− /時期失念/

 

阿呆はいつも彼以外の人々を悉く阿呆と考えている。

 

赤レンガの巨大な建物を前にして、中に入ろうか、入るまいか迷っている。

というのも、宗教団体の事務所である。ざらざらのレンガにセロテープで宣伝のポスターが張られている。

 

ぱっぱらぱー教団

 

ノーミソ からっぽ それもしかして・・・・・・エクスタシー?

 

ぱっぱらぱー、て。今時ぱっぱらぱー、て。そう思いながらポスターを眺めている。

ポスターには、砂漠にたたずむ男女がアホ面で太陽を指さして笑っている様子が描かれていた。

いかにも、という顔をしていた。

映画『ブギーナイツ』の主人公が鏡に映った自分のアレを見てうっとりしている時のような顔だ。

この二人に関しては間違いなく、ぱっぱらぱーだ。それは如実に、切実に、伝わってきた。

結局、中に入ってみることにした。気になってたまらなくなったからだ。何をしているんだろう。

重い木製の扉を開け、中に入ると、受け付けのソバアジュ女がバカ面で迎えてくれた。

 

「あーははははー!生みの親よりぃー育ての親ぁ!よよよようこそ!くるくるぱー教団へ!」

 

ぱっぱらぱーだろ、と心の中でつっこんでしまった。なんでこいつ自分の教団の名前間違えてんだよ。

つーかアホだ。マジだ。もう十分だ、と思い、帰ろうしたら、女がもの凄いスピードで向かってきて、自分の腕を捕んだ。

「もー帰っちゃうのー。そんなの、いやー、いやいやいやー、オノヨーコー、いやー」

オノヨーコ?全然似てないよ。ていうか似てたらいやでしょ。

「せつめー、させてぇ、くださいね?」

「はあ」

「ここはー、オスっ子もーお牝もー、ぱっぱらぱーになってー、幸せになっちゃおーいえー!

 みんなーやりましょー?ビューティフルスペースぅー、ふぁいなんしー?」

やべえ。

3秒ほど固まってしまった。我に返って、ほんとーに、真剣にそうなのだろうか、そんな疑念が湧いてきた。

演技している様子ではない。眼は完全にトンでいる。一つ、聞いてみることにした。

「ぱっぱらぱーになって幸せですか?」

一瞬、本当に一瞬だけ、女の顔がしわくちゃになった。女は何者にも侵されない殺意を持ってこちらを睨んできた。

すぐにゆったりしたバカ面に戻ったのだが、

今、女が手にナイフでも握っていたらきっと心臓を一突きされていたに違いない。

「すいません」

「なんまいだーなんまいだーなんまいだーなんまいだー」

女が突然自分を拝み始めた。一定の声量で、なんまいだー、なんまいだー

流石に怖くなってきた。やっぱり入るべきではなかったのだ。

「間違えたみたいです、すいません」

逃げようとしたが、手の平を握られた。真正面から握手する形になった。ひどく冷たい手だった。

「お牝にーノーミソー、入ってると思いますぅー?」

「いや、もう・・・」

突然もの凄い力で手の平を握られた。拳が砕けるかと思った。万力で手を締めつけたような・・・。

うっと声が漏れる。どこにこんな力があるのだろう。思わず膝をついた。

女は蛇のような目で、自分を見下ろしている。

「は、入ってます」

「ほんとにぃ?」

「ほんと」

ぶー。おーはずれー

天井に吊るしてあったくす玉が割れた。銀紙のクズがぱらぱらと頭の上に落ちて来た。

「???」

「お牝にーノーミソー入ってないんでーす。からっぽでーす」

何言ってんだこいつ。

「オスっ子にーノーミソー入ってますー?」

「入ってません」

ぶー。おーはずれー

両脇に飾ってあった観葉木がぼうん、と音を立てて爆発した。金紙のクズがぱらぱらと目の前を舞った。

「オスっ子にー、ノーミソー、入ってませーーーーん」

はずれじゃねえよ。合ってるじゃねえかよ。

ようするにパッパラパー教団はノーミソが嫌いなのだ。頭で考えて処理する全ての物事が許されない。

オマ(ピッー!)足しざーん、いえっー!

「はい?」

どんどこどん、どんどこどん、どんどこどんどんどん。何処からか太鼓の音が聴こえた。

「1オマ(ピッー!)、たすー、2オマ(ピッー!)はー?」

女の目がまた蛇に戻った。不正解なら、間違いなく、殺される。

正解は3オマ(ピッー!)だと思うが、何せ、ぱっぱらぱーだから、確信が持てない。

狂った人間の考えなんか分かるはずがない。

「はい、たったかたー、たったかたー、さーんー、たったかたー、たったかたー、にー

やばい。タイム数えはじめた。やばい。

「たったかたー、たったかたー、いーち

ダメだ、自分もパッパラパーにならないとだめだ。でないと殺されてしまう。

時間がない、時間が・・・。

 

「マッハ文朱」

 

沈黙。

 

やばい。色んな意味で外した。当然だ。何がマッハ文朱だ。クイズヒントでピントじゃないか。

しかし、女の手から力が抜けていく。もしかして正解?正解ですか?

反応がない。

よく見ると、女は彫像のように固まって動かなくなってしまっていた。不正解なのか?

そんなことはどっちでもいい。急いで手をふりほどき、扉を開いて外に出る。

しかし、ここら一帯は、既にぱっぱらぱー教団に占拠されてしまっていたのだ。

男も女もバカな顔をして、訳のわからないことを口走り、ぱっぱらぱーになってしまったのだ。

そして、自分もぱっぱらぱーになりつつあった。

犯しがたいぱっぱらぱーの衝動が身体の奥深くから湧き上がってきた。

もう少し経つと自分も晴れて教団の仲間入りだ。もう、どうにでもなってしまえ。

ぱっぱらぱー!

 

−備考−

 

・特に深い意味はない、と思いたい。マジで。

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