第]話
なくて

TVと同じOPムービーが流れ、かの有名な残酷な天使のテーゼが歌入りで流れる。
それが終わるや否や、早速使徒と戦っているシンジ。
生々しい絶叫を伴ってそれに敗れたシンジはなんと記憶を失ってしまった。

「僕は…… 僕は、誰だ……?」

病院のベッドで目覚めるシンジ。
その後、使徒はなぜか姿を消したらしい。
リツコ達の推論では、シンジはただ記憶を失ったのではなく、
使徒がシンジの記憶を吸い取ったとか……

よりによってシンジを吸収するとは、使徒にとっては百害あって一利無しとも思えるが、
ともかくシンジの記憶を戻すためにネルフは色々することにした。

記憶はなくても体は覚えている説を称えたミサトだったが、
シミュレーションで弐号機にボコボコにヤラれるシンジ。
とりあえず日常生活の中で何かきっかけが掴めればと、シンジは学校へ行くことになった。
が、ここでアスカの悪知恵が働き、シンジと委員長こと洞木ヒカリは恋人同士であるという
誤った刷り込みが働いてしまったからさぁ大変。波乱の学園生活が始まった。

かに思われたがパワーメモリーに入っていたシンジは学校を目の前にしてなぜか逃亡
「やっぱりやめとくよ」の一言を残して走り去っていった。何をやっている

スローテンポのFLY ME TO THE MOONがかかる切ない雰囲気の中、逃亡生活に入るシンジ。
逃げ出したは良いが、早速「逃げ出してどうなるっていうんだ……」と深く沈むシンジ。
どうも記憶があってもなくても彼は変わっていない。
彼を変えるには碇シンジ育成計画しかないのか

当てもなくさ迷うシンジだが、彼はその途中でトウジ、ケンスケのコンビに出会ってしまった。
記憶のないシンジに「新しい芸風か?」と冷たいトウジ。
空気に耐え切れなくなったパワーメモリーの中のシンジは、
学校へ行こうと誘う友を振り切って再び逃亡した。
その背に、「裏切り者ォ!!」というケンスケの行き過ぎた罵声を浴びながら……

そこにかかって来る綾波レイのテーマ。
トウジ、ケンスケの誘いはサラリと振り切ったパワーメモリーの中のシンジだったが、
綾波レイに誘われると彼はあっさり学校へ戻ることにした

世話焼きのレイに、トウジ、ケンスケにちゃんと事情を説明出来るのか?と聞かれるシンジ。
彼は「言うさ!だって友達だったんだろ?」と強い口調でYESと答えた。
普通の友達は走り去る背に「裏切り者ォ!!」なる罵声は浴びせない

紆余曲折を経て結局学校に辿り着くシンジ。
記憶喪失というロマンティックな病に襲われたシンジは一躍クラスの人気者になるが、
「シンジくんたら私と交わした熱いキッスのこともすっかり忘れてて……」
というアスカの演技によって一躍最低男の烙印を押されることになった。
そしてそれを最も許せない女子は、やはり委員長こと洞木ヒカリ嬢だった。
それすらアスカの陰謀であるとは知らずに……

「不潔だわ……!」

一方のシンジはトウジ、ケンスケと合流したが、記憶喪失という事情を話すや否や、
お前はクラス1のコメディアンで毎朝みんなを笑わせていた、と、
またしても違う陰謀に巻き込まれていた。

言われるがままに教壇の前に立つシンジ。
そして思いつく限りの寒い芸を奮うシンジだったが
自分が最低男の烙印を押されているとは露ほどにも知らず、
アスカを弄んだうえに変な芸をして誤魔化そうとする底辺のクズ男として
女子達からもの凄い勢いで非難されるのだった。

そんなシンジを見てケンスケは、
「親友のオレ達まで評判落ちちゃうじゃんか!」と声を荒げた。

放課後、シンジは委員長に激しく呼び出されていた。
彼女であるヒカリちゃんとの逢引きだと解釈したパワーメモリーの中のシンジは、
文化祭の練習に誘うトウジ、ケンスケをスルーして彼女を選び、
再びケンスケの「裏切り者!」という罵声を浴びた。裏切り者はお前だ


「どう思ってるの?とぼけないで!
 それじゃ無責任すぎるわ!女の子の気持ちを弄ぶなんて!」


影からアスカが覗き見る中、微妙なセリフでシンジを責める委員長。
意味が解らないのでひたすらポカーンとするシンジだったが、
「ごまかさないで!アスカとのことよ!」との言葉にさらに「は?」と首を傾げた。
意味がサッパリ解らない。
そして絶妙のタイミングで乱入するアスカの演技が冴え渡る。
「ヒドイわ、シンジくん!今まで私のこと弄んでいたのね!」
これにシンジは「はぁー?」と口を空けてアホ面を晒すしかない。

「アスカの唇を奪っておいて、今更言い逃れはできないわよ!」
委員長の追撃も入り、さらに嘘泣きを行うアスカ。
それを見たシンジはどうやら僕はヒカリちゃんとアスカから求愛されていて、
そしてヒカリちゃんとアスカは僕を巡って日々血で血を洗う抗争を繰り広げている、
と解釈した。

「ヒドイわ!ヒドイわ!」「碇くん、不潔よ!」

言うだけ言って二手に別れ、逆方向に去って行く委員長とアスカ。
この二択で委員長を選べば確か今作の最大の見せ場である、
洞木ヒカリ嬢との接吻シーンだったはずなのだが、
パワーメモリーの中のシンジは迷わず逆方向に走り、その腕を取った。

「待ってよ、アスカさん!」

しかもさん付けである

「うそ…… アンタなんでこっち来んのよ……?」

これには素で驚いてしまったアスカはペースを乱しながらも、
ヒカリと恋人同士だとすっかり思い込んでいるシンジの単純さに心の中で呆れるのだった。

その後、文化祭で発表するバンド、
その名も地球防衛バンドの練習に音楽室へ移動するシンジ。
しかしトウジの歌声はとても人前に出せるものではなく、
シンジが女性ボーカルを探すことになった。

「それじゃ、委員長に話してみようか?」

それをキッカケに仲直り出来れば最高である。


夜。習慣なのか、記憶がないのに食料品の買い出しを行って帰る不思議なシンジ。
だが、ドアを開けるとさらに不思議な光景が飛び込んで来た。
なぜか家にはミサトが居て、おかえりーなどと言っているのである。
言うまでもなく彼らは同居しているわけだが、
シンジには彼女にただいまと告げるのが不思議だった。

「ほとんどダメージも受けていなかったのに、何の痕跡も残さずに消えてしまったのよ。
 裏があると考えた方が良いわね」


使徒の話をするミサト。
消えたのはシンジの記憶という毒物を吸ってしまったからだろう。


翌朝。当然登校するシンジだが、下駄箱で出会った委員長の言葉は意外だった。
「あなた達のバンドに私も入れてくれない?」
喜ぶシンジと鼻息の荒いヒカリ。

「私思ったの。不真面目な人を非難するより、
 傍に居て立ち直らせてあげる方が効果的かなって」


そんなヒカリにシンジは、「は、はぁ……」と曖昧な笑みで答えた。
何か凄い言い草だが、ともかく地球防衛バンド結成である。

なぜか異様に歌の上手い委員長。声優とは思えないほど異様に上手い委員長。
ここで歌われる『奇跡の戦士エヴァンゲリオン』は
委員長の歌唱力も相まって間違いなく名曲である。
2nd Impressionのアスカの歌は無かったことに……

練習の中で打ち解け、すっかり良い感じになるシンジと委員長。
それを覗き見るアスカは自分が仕向けたこととはいえ妙に納得が行かないのだった。

そんなアスカが「アホくさ〜……」と呟いた時、警報が鳴り響いた。
再び使徒が侵攻を始めたのである。
音楽室に乗り込んだアスカはシンジを引っ張り出し、戦場へ誘った。

「記憶喪失だからって甘ったれないでね!
 あなたはエヴァンゲリオン初号機のパイロットなんだから!」


その言葉にシンジは強く頷いた。

「解った。行くよ」

初号機、弐号機、零号機による三機同時攻撃。
さすがによろめく使徒だったが、その時、いつか見た光景が繰り返された。
使徒が二体に分裂したのである。
イスラフェル――

形勢は一変した。
すぐさま倒される零号機。そして、再びいつか見たあの攻撃が、弐号機をも貫いた。
ラミエルの加粒子砲――

かつて、いずれもシンジが苦戦した使徒達の能力。
使徒はシンジの記憶から、彼が最も恐怖と感じる物をいぶり出して再現している。
言わば過去そのものが、シンジの敵。
シンジは何も出来ずに敗退し、アスカは傷を負った。

一時撤退するシンジ達。ベッドの上で苛立つアスカ。
リツコが暴いた使徒のカラクリをミサトが我が物顔で話すと、
アスカは「んじゃアンタに決着つけて貰わないとね!」と憎々しげに激励した。
記憶を取り戻すには、使徒を倒すしかない。

だがシンジは、ロクな思い出のない記憶を欲しがってはいなかった。

「どんな記憶でも、自分だけの物だわ」

レイの言葉。
自分の物なら思い出さないのも自由だと反発するシンジにレイの反応は冷たかった。

「なら、そうすれば」

過去を取り戻すか、過去に怯えながら過ごすのか。

逃げちゃダメだ…… 逃げちゃダメだ…… 逃げちゃダメだ……
最終決断を迫られたシンジの顔は男前だった。

「やります! いえ、やらせてください!」

「せいぜい、頑張ることね」

アスカの投げやりな言葉は、なぜかやさしく聞こえた。


出撃前、シンジは一つの提案を行った。
パイロットは傷を負ったが、弐号機の修復はすでに完了している。
全てが自分の過去が引き起こした事なら、それでも励ましてくれた彼女に何か報いたい。
許可を得たシンジは迷わず弐号機に乗り込んだ。

――尚、原作を知り尽くしている人はご存知の通り、
原作の設定ではシンジが弐号機とシンクロすることは基本的に不可能である。
だがしかし、熱い。こんなにも熱いエピソードを
設定無視だからと頭ごなしに却下するのは損と言えないだろうか。
今作の設定無視はこれだけではなくまだ幾つかあるのだが、だからどうした
無視しているからこその熱さがこのSSエヴァ1の間違いのない魅力だ。超・燃ゑる

「これが本当に、僕自身の恐怖の記憶って言うんなら……
 そんなもの、僕の手でやっつけてやる!!」


さらに男前となったシンジは弐号機を颯爽と駆る。
だがまたしても早々にやられ、退場する綾波レイの零号機。
「綾波さん!」

孤独な戦いとなったシンジ。
だが、拳を交えている内に少しずつ恐怖以外の感情が流れ込んで来た。
それは使徒に持ち去られた自分自身の記憶。

「恐怖だけじゃないんだ…… 怯えだけじゃないんだ……」

暖かい記憶はシンジの闘志をさらに掻き立てた。

「僕の思い出の中には、かけがえのないものだってたくさんある!
 だから、それを…… 返して貰うんだ……!!」


プログナイフが使徒を貫き、十字の爆発が起こる。
それと同時に一気に流れ込んで来る記憶。
その眩い光の中で次に目が覚めた時、シンジはまた病院のベッドで眠っていた。

聞こえて来るのはミサトの安堵の声。
そして、アスカの心地良い罵声。
だが記憶が戻ったシンジには何の事だか解らない。
今度は記憶喪失中の記憶を喪失したシンジは頭にハテナマークばかりを浮かべるのだった。

「言っとくけどシンジ、私の弐号機のおかげで勝てたんだからね!」

シンジと弐号機のシンクロ率を持ち出し、
相性が悪いようで良い二人をリツコ、ミサトの熟女コンビが笑った。

「おかえりなさい、シンジくん」

「はい……!」
終わり