DEATH-TINY 15
闘鬼の城

まさに相棒といった感じで自慢の棒を磨き、上機嫌のビリー。
しかし爽やかなスマイルもそこまでで、すぐに不快な声が彼を呼んだ。
「なんの用だ シンザン」
肩ほどしか身長のないチン・シンザンを自然に見下ろし、用件を聞くビリー。
そこにはクラウザーに与えられた地位の差など微塵も存在しなかった。

しかし気にせず口を開くチン。
彼は「ちょっといっしょに来てほしいアルね」と頼み込む形で
ビリーに外に怪しい気配があると告げた。

その言葉を聞き、城に現れた怪しい気配――
間違いない、奴が、テリーが来たと、ビリーは再び機嫌を取り戻すのだった。


――ドイツ・ニーベルンゲン地方

エンジン音は静寂を切り裂き、ライトの光は森の暗闇を引き裂く。
騒音と共に現れたのはサイドカーに舞を乗せたテリーと、
ダックを隣りに乗せ、ジープで疾走する黒マントの男、ジョー・東だった。

いささか唐突な彼らの乗り物姿。
確かに森のあぜ道を走るならジープは最適かも知れないが、
まさかこのために買ったのだろうか? ムエタイチャンプは無駄遣いする子なのだろうか?
しかしそんな些細な違和感も
裸足でアクセルを踏むこの姿を見せられれば、
本当に些細な事だったと気がつくだろう。
読者が置いていかれている

一方、森を走るに全く適していないサイドカーは、
アニメ版でもテリーは使っていたのでこれの影響だろう。
テリーの移動手段は基本的にサイドカーらしい。概ね一人旅なのになぜゆえ?

派手な車で爆音を上げて敵地へ堂々と乗り込む姿は族のように勇ましい。
空は再び満月。長かった闘いの旅もついに決着の時が近づいていた。


同じ満月の下、こちらは徒歩で歩みを進めるビリーとチン。
そこはもはやあぜ道ですらなく、ただの樹海である。
当然テリー達の姿もなければ怪しげな気配もない。
感じるものがあるとすれば、
「いつもとちがうおまえのそのスキのない足のはこびとためにためた気の力」
ビリーがチンの浅はかな奸計を見抜くにさして時間はかからなかった。

そしてもはや全てが見抜かれるまで一瞬の猶予もないと悟ったチンは
最後の賭けとも言える意外な罠をビリーに仕掛けた!!




む!?





…………

仕掛ける方も仕掛ける方ならかかる方もかかる方である。
これは、何かのコントなのだろうか。
ボンボンビリーは頭髪もなければ脳味噌もないのだろうか。
先を語るならばビリーはこの必死の形相からも解るように
この一撃で致命的なダメージを負い、あれだけ引っ張って来たテリーとの決着を、流された

彼は、
「やっとの思いでここへたどりついたテリーが
 アンディをすくうこともできず倒されたときどんな絶望の表情を見せるか
 おまえは見てみたくはないか?」
と、粘着なことを言っていたが、
やっとの思いでここへたどりついたビリーが
テリーと闘うこともできず倒されたときの絶望の表情
は、
こんなだった

あれだけ引っ張って来た前作から続く宿命の決着がまさかこんな、
まさかこんな形で幕を引くことになってしまうとは一体誰が予想し得たであろうか?
こんなひどい話はない。というか、もう立派な詐欺である。
こんなにひどい話はない
リアルタイムで読んでいた子供達はさぞ心に傷を負ったことだろう。
ボンボン餓狼は取り返しのつかないことをやってしまった。


ビリーに大打撃を与えたチンの気雷砲の衝撃は
別の道を走るテリー達の五感、六感をも大きく刺激した。
立ち止まるジープとサイドカーの無法者達。

「いそごうテリー それだけやつらのアジトにちかづいたってことだぜ」

テリーは「うむ!」と声を上げ、滾る眼光を一層鋭くした。

ちなみにクラウザーの城はあれだけの城なら当然と言えば当然かも知れないが、
食堂のおばちゃんでも知ってるような観光地的な有名な場所、というのが公式設定のようである。


再び樹海。
わき腹を押さえ、チンを見下ろすビリーの表情は今度は焦燥に満ちていた。
「ほひょひょひょっ」と笑みをこぼすチン。
しかしビリーはあの至近距離からなんと急所を避けていた。
これにはチンも「並の男にはできない芸当アルよ」と賞讃の意を表する。

確かにあの一連の事件は広い意味で並の男(作者)にはできない芸当だった。
だがそれでも余裕なのは例え急所は外れようと、
それがビリーにとって致命的なダメージではあることを理解していたからだろう。
トドメを刺すのはもはや簡単なことだった。

再び気雷砲。
が、ここで終われないビリーはそれを受けて尚、
棒高跳びで飛び上がり、チンの顔面に蹴りを浴びせた。
さすがは唯一テリーを倒した漢。さすがはビリーである。
なぜこんな猛者があんな罠に……

しかし息を切らせるビリーとは違い、
チンは滝のように鼻血を流しながらも狂気じみた笑顔を浮かばせるだけだった。
「あんな技(もん)では人間凶器(このオレ)はとれん」
セリフとは裏腹に、ビリーの言葉に力はない。
というか、彼は“歩く凶器”であって“人間凶器”ではなかったはずだ。
ふいに“人間山脈”や“一人民族大移動”等のレスラーの異名と混ざったのだろうか?

そんな疑問すら吹き飛ばすように、三発目の気雷砲は練られていた。
森が騒ぐ。ビリーに顔色はない。


ドッ ドッ ドッ
停止しても尚、夜中に近所迷惑はなはだしいエンジン音を鳴らし、
暴走集団はヴォルフガング城へと到着した。
一見、美しい城だが、中に住んでいるのは魔王。囚われのお姫様はもうすぐだ。

裏口でも探してこっそりと…… と、いつもの提案をするダックだったが、
テリーの答えもいつもの通りだった。
「ばーか きまってんだろ」

行くときゃいつも――
 
正面きって堂々とだーっ!

男なら、拳ひとつで堂々と勝負!
憎きクラウザーを目の前にしてもテリーのフェアプレイ精神は健在だ。
城の直前にしてようやく整備された道路を得、水を得た魚のようにサイドカーは疾走。
隣りに舞もいるのにそのまま閉じられた扉へと特攻した

エンジン音以上の轟音を上げて砕け散る木製の門。
鉄製だったらそのまま事故死していただろう。

扉の奥で待機していた(外で門番しろよ……)ピエロ仮面達は、
テレビから人が出て来たかのように突然、ノックもせずに飛び出して来た
現実味のない無礼なサイドカーに「!?」と驚きの意を発し、




そして轢かれた

「うあ…… あああ……」とただ恐怖するピエロ戦闘員達。それも仕方ない
テリーもまさか扉の向こうに人が待機していて、
しかも扉を破ったらすぐに壁だったとは思いもしなかったのだろう。不慮の事故である。

「あ…… あいつ…… あいつはーっ!!」とすっかり怯え竦むピエロ仮面達。
しかし彼らの絶望はまだ続き、まだまだ背後からハンドルを持った黒マントと、
モヒカンの男が現れるのだ。
「さわぐなよおまえら 客はまだここにもいるんだ」

「アンディはどこだ? 案内してもらいたい」


さすがにジープで人を轢かない辺り、ジョーは大人だ。
自分の実力ではもはやザコ兵を相手にするのも苦しいという現実を忘れたような穏やかさだ。
テリーの「ひとあばれすっぞーっ!!」という雄叫びが戦闘開始の合図だった。

サイドカーを飛び降りた舞が「翔扇打ーっ!!」とピエロを打ち付け、
マントを脱ぎ捨てて裸体を晒したジョーが歯を見せながら右ストレート。
ダックも「よ……よ よっしゃあーっ」と突如テンションを上げ
「ファンクエルボーッ」を浴びせ、そしてテリーは、


また轢いていた

しかもバイクで人を挽肉にしながら、
この暴言である。
先の轢き潰しは事故かと好意的に解釈していたが、どうやらテリーは確信犯だったようだ。
ここへ来て、テリー最大の蛮行である。

どうやったら人はここまで残酷になれるのか?
テリーは、喜々として人を轢いている
ついほんの二話ほど前に、

「男なら
 拳ひとつで
 勝負せんかい!!」

と言っていた気がするのだが、これは素人考えだろうか?
ピエロの方としては「サイドカーだとォ!?」
「石つぶてのつぎはサイドカーかい つくづくどうしようもねぇ男だな」
といった心持ちだろう。

「ビリーッ ビリーはどこだーっ? オレとあそべるのはおまえだけだぜーっ!」
さらに調子に乗ってビリーの名を叫びながら虐殺を繰り返すテリー。
だが天罰はすぐに下った。
何処からか投げつけられた気の塊が殺戮兵器と化した暴走サイドカーを打ち抜いたのだ。

落馬するようにサイドカー共々横倒れし、激しく体を打ち付ける狂気の男。
「うご…… いて……ぇ」と、さっきまでのテンションが嘘のように呻くその姿は
たくさんの目を覆いたくなる死体を生産した報いだろうか。
テリーは夢から覚めた。
高橋名人がスケボーから落ちた時のように、祭りはもう終わったのだ。

轢き逃げを罪とするならば落馬は罰。
贖いきれない罪を彼に自覚させるように主人を失ったそれは足下に転がった。
「こ これは!? ビリーの棍!!」

そこに現れたのは探し求めた因縁のビリーではなく……

「ひょひょ ビリーしゃんはね……
 わたしがいただいちゃったアル」

生きて城へ生還したのはビリーではなく、チン・シンザンだった。
そしてこの言い回し。
大切にアンディの髪を持っていた件も含めて、この男もまたノンケではないと思われる。
世が世ならボンボン餓狼のヤヲイ本が出ていたであろう。
別にボンボンである必要は全くないのだが。


あのビリーがこんな小太りに敗れた!?
ビリーの強さをまざまざと知っている一行は驚きを隠せないでいる。
中でももうキレかけているのが堪え性のないテリーだ。
テリーはわなわなと震え「ふかすんじゃねえぞ おっさん」とチンピラモードに入るや否や、
口と同時にもう拳を打ち込んでいた。

しかしいつかの羽根テリーのようにフッと姿を消し、一瞬で跳躍したチンは
頭上からテリーの脳天へとモロに肘を落とした。
不意を突かれたにしても強烈。痛みと驚きで呆然とするテリー。
が、思案する時間は与えて貰えない。

チンはさらに重いアッパーをテリーのアゴに打ち付けた。
今度は呆けることなく反射的に反撃の拳を振るテリー。
しかし切ったのは空。
拳を軽々と躱され隙だらけとなったテリーは再びアゴを、短い足で蹴り上げられていた。

一撃一撃が信じ難いほど重い。
ジョー、ダックのギャラリーコンビは驚きの呻きを、
舞は悲鳴のようにテリーの名を叫んでいた。

「な……なんだこのおやじ……
 ……つ…… 強ぇ!!」

もはや結論は出た。

「うひょ うひょひょ 昔から言うアルざんしょ
 能ある鷹はつめ隠す……ってね」

シンザンは強い



DEATH-TINY 16
爪と牙


見掛けだけで敵を判断するな、とはよく聞くセリフだが、
テリーは見掛けだけで敵を判断する男だった。

これはまずいと見たジョーは素早く反応し、
「い…… いかん ダック! 舞…… テリーに手をかせ!」
と命令口調で叫びながら自らも飛び出し、4対1で闘う姿勢を示した。
ちなみにピエロ達はもう全て駆逐したのか逃げ出したのか、
前話の最後から忽然と消えている。テリーの虐殺が効いたのだろうか。
この事件を『ヴォルフガング城大虐殺事件』と呼称しよう。

しかしジョーの申し出を「こ…… こらこら〜〜〜っ」と拒否するテリー。

「そらだめだわよ 丈ちゃん
 それじゃあおれはひきょうモンになっちまうじゃないの」


え? 今更……?

そもそもジョーはともかくザコ兵の集団に正面から敗れるまでに堕ちたダックと舞は
加わってもむしろ邪魔だろう。
今回ザコ兵を圧倒したのは城内の兵はローレンスの私兵より弱かったのか(丸腰だし)、
あるいはテリーの見せしめとも取れる残虐行為で心を折られていたからか。
ボンボンテリー、仲間思いの計算高い男である。

テリーは自分がチンを倒している間にアンディを見つけ出してくれとジョー達に頼む。
その言葉に躊躇するジョーだが、一瞬、思案した後、
「生きて会おうテリー!」と声をかけ、友は走り去った。
「へっ あたりまえじゃねーか 大げさなやつだこと」
呟くように軽口を叩き、ジョーを見送るテリー。しかし表情に余裕はない。

チンは息を吸い込み腹を硬化し、水平に突進して大太鼓腹打ちを繰り出した。
かなり怖い。文章では伝えるに難しい、なんとも不気味な絵だ。
因果応報か、今度は自分が壁に叩き付けられるテリー。
チンは苦痛に歪むテリーをいやらしい笑みで見つめながら右手に巨大な気を収束していた。
テリーの身体を丸呑みにも出来そうな巨大な気の結晶。
それがチン・シンザンの超必殺技、爆雷砲だった。

ボボォン!!

いかにもボンボンらしい音を出しながら気弾は
「くお――――っ!!」と耐えるテリーを押し込み、壁にめり込ませる。
しかし極限まで筋肉を硬調させたテリーでもこれには耐えられず、
結局、健闘空しく壁を突き抜け、そのまま10メートルほど吹っ飛ばされることになった。

が、すぐに立ち上がるさすがに死に汚いテリー。
「しぶとさだけは天下一品アルね」とのチンの嫌味を受け、
彼はなぜか「てやんでえ」江戸っ子弁で応戦する。

爆雷砲により玄関から強制的に部屋へ移動させられたテリーは、
そこで発見した驚くべき物に闘いを忘れ、目を奪われた。
テリーが驚愕の眼差しで振り返った先には……


 アンディ!?

なぜクラウザーの屋敷にアンディの肖像画が!?
アンディは本当にクラウザーの息子だったのか?

だがそれは違うとチンは語り出した。

「ひょひょ 違うアルね
 そのお方はクラウザー様の御子息……
 "リヒャルト・シュトロハイム"さま
 本来ならばクラウザーさまの跡を継ぐはずだったお方アル」

アンディではない? しかしリヒャルト・シュトロハイムは……

「なにイ!? クラウザーが自分の息子を!?」


――四年前

彼らは武を極めんと、最強の対戦相手である子に、親に、
一切の容赦なく真剣に力をぶつけた。互いがより強くなるための通過儀礼だった。
だがそこで悲劇は起こった。二人はあまりに強すぎたのだ。

そこに殺気があったのかは判らない。
父子が同時に放った技は悪魔と化し、
ヴォルフガングの額を割り、そしてリヒャルトの首の骨を折る。
それがヴォルフガング・クラウザーの息子、リヒャルトの壮絶な最期だった。

それからクラウザーは何かに取り憑かれたように
クローン人間の開発を命じ、科学者達に研究させた。

しかしどんなに研究が進んでもリヒャルトのクローンは作れなかったとチンは言う。
「リヒャルトさまはもうこの世にいない……
 リヒャルトさまのクローンは作れないのよ」
そんな、絶望に打ちひしがれた時に知った男が、
まさにリヒャルトの生き写しとしか思えない、アンディ・ボガードだった。
だから、さらった。息子と呼んだ。

リヒャルトのために開発されたクローン技術は神の技法だ。
すぐにでも各国首脳を入れ替え、表の世界を手に入れる。
そして裏世界もまた最強のクローン軍団により絶対的に支配する。
それをアンディに継がせればクラウザーの計画は終了だった。
これが以前にチンが言っていた“C計画”だろうか?

だがチンの野望はここからだ。
シュトロハイム家の総領の座は飾り物で良い。
ただアンディがいれば、それだけでもうクラウザーは表に立たないのだ。

ならばローレンスのようにわざわざ当主の座を狙う必要はない。
自分はあくまで側近として仕え、抜け殻となったアンディ、クラウザーを影から操り、
世界の王の実権を実質上握る。
姑息に動き回って来たチンの目的がついに判明した。


しかし――

どこかおかしい。何かがおかしい気がする。
何かここへ来て破綻しているような気がする。

とりあえず、
とりあえず、だ。

死体からクローン作ればええやん。

……

「たしかにわれらは一度死んだ……
 だが…… われらの新たなる主が二度目の命を与えてくれた……」

ホア・ジャイマイケル・マックスは作っていたのになぜリヒャルトは作れないのか。
そんな奴らより息子を作れ!!

何か理由があって死体を紛失したのだろうか?
焼いた? 焼いたのか?
首を折った後、ついうっかりブリッツボールを出してしまったのだろうか?
焼くなよ……
残そうよ、細胞! 作ろうよ、クローン! アンディが迷惑だよ!!

そもそもリヒャルトの死体がないとすればなぜクローンの研究をするのか。
極々わずかだけ細胞が残っていて研究は行ったもののやはりダメだった、とかいうケースだろうか?
というか、やっぱ焼くなよ

なぜリヒャルトだけ作れないのか
あるいはなぜ死体がないのか


一方、テリーと別れたジョー達は、
ドタドタと走りながら
「アンディ! どこだアンディ!?」
と大声で叫びつつ、
必要以上に荒々しく扉を片っ端から開けていた。

と、そこにやはり大声で騒いでいたのがまずかったのか、
サーベルを持ったいつかの強力なピエロ兵が
「きえーい!!」と大挙して襲って来た。
ジョーは背後からの気配に今度は反応し、
「ショットエルボーッ!!」とボンボン通常技を意味もなく叫び、浴びせる。
さらに舞がまたこれしか技がないのか「翔扇打!」(ジャンプ強P)

再び因縁かつ大量のサーベル付き強力ザコを迎え、もはや絶体絶命と言って良い状況のジョー達。
しかしこれだけの強力兵を出し惜しみ無く出して来るということは……


「ふん…… 語るにおちたってやつだな
 これだけの兵士でくいとめようってことは目的地がちかい証拠さ」


つまりアンディは、目の前の部屋に!!
というか、何か当人は前向きに解釈しているが、
やはりただ大声で騒いでいたから襲われたように思うのは素人考えだろうか?


場面移って再びテリーvsチン。
劣勢だったテリーが今度は押している。
打ち合いならば手足の短いチンよりも、リーチで勝る自分が有利。
そう宣言したテリーはその通り、両の拳をカウンターで浴びせ続けた。
トドメはもちろん、バーンナックル!!

が、しかし確実に捉えた拳はチンの腹の弾力に阻まれ、弾き返されてしまった。
途端にまた勢いを失うテリー。

「ローレンスをたおしたというパンチ……
 どれほどのもんかとおもったアルが……
 たいしたことないアルね〜っ」

実際は戦車を倒したのだが、チンには効かない。
この太った体はただの脂肪太りではない。
これは全部鋼鉄の筋肉だと、タン先生がひた隠しにし、
命を捨ててテリーに伝授した鋼霊身の立場をさらに危うくする発言を行うチン。
そしてテリー、唯一のアドバンテージだったリーチも……
ゲーム同様、チンが拳に気を纏い、格段に間合いを広げることによって失われた。

テリー・ボガード、大ピンチである。


再びジョー達一行。
かつて奇襲をかけられ、あえなく全滅させられた恐怖のサーベルピエロの集団に囲まれ、
もはや命運尽きたかに思われたジョーチームだが、



何か簡単に終わっていた
手を払い、「ぷふう」とまで言っている

なぜかジョーのみならず、舞とダックまでも余裕の表情だ。
もはやピエロなどどうでもいいとばかりにアンディが居ると思われる扉をビシビシと叩いている。

この失態は
何だったのだろうか?
不意打ちで斬られなければサーベル兵の集団とてやはりジョーなら余裕なのだろうか?
では舞とダックは?
ダックはいつもの死体姿で別に珍しくもないが、
舞などは顔を奥に背け、気味が悪いくらいの迫真の演技である。
僕らの夢を壊したあの失態は一体、何だったのだろうか?

借りは返した。目的の扉も目の前にある。
彼らの眼前にも眼中にも、もはやピエロなど存在しなかった。
しかしこの扉は以前までの物とは違い、鍵がかかっていて開かない。
どうもますます怪しい。ジョーの推察は正しかったようだ。

「だ だめた丈! ここは鍵がかかってやがる!
 
あかねぇよ!!

と、大騒ぎする全く破壊力のない男
ジョーの返答は至ってシンプルだった。



「ようし どいてろ ならばオレがあけてやる!

ニヤリと微笑んだ後、彼は苦しげな形相を浮かべながら武力行使に出た。

「スクリューアッパーッ!!」

激しい音をたてて破壊される扉!
しかし扉如きに超必殺技はいささか大人気ないと思うのだが、これは素人考えだろうか?
いやそれだけヴォルフガング城の扉は頑丈に出来ているのだろう。
だからこそアンディでも脱出出来なかったのだ。

中は暗く、しかし闇の中でも黒光りするように複雑な機械が並んでいた。
明らかに今までの部屋とは様子が違う。
「わけのわかんねぇメカでいっぱいだ」と呟くダックの言葉が全てだろう。
このマンガ自体わけわからん。

その中の機械棺桶のような怪しいモノに、棺桶の中身に舞が反応した。
中で眠っているのは…… 間違いなく、本物のアンディ!!
だが眠っているにしては安らかすぎる。顔色もない。
「まさか…… 死ー!」とまた感想を漏らすダック。
無神経な発言に舞の顔が強張る。

ここで頼りになるのはやはり博識かつ、冷静沈着かつ裸のジョーだった。


「いや…… あれはおそらく 冷凍睡眠(コールドスリープ)

なぜ一瞬でそんなことが解るのか、ジョーは話を続ける。

「冬眠動物のように体温を下げ仮死状態のまま眠っている
 あれではどんな強者も逃げることはできない
 
あれなら十年でも二十年でもとらえておけるからだ!!

ボンボンジョーは、すごく頭が良い。キレ者だ。
力的には一線級を外れても、こんなに頼りになる男は珍しい。
まさにテリー一味のブレーン、ジョー・ブレーン・東。
クラウザー一味も要注意人物としてリストアップしていたことだろう。

するとせっかくのジョーの説明を何か勘違いしたのか舞が取り乱し、

「いやだアンディーッ! 起きて! 起きてよアンディ!!
 
目をあけて〜っ!!

と、機械を叩きながら絶叫した。死んではない

舞の痴態に絶句するダックと、ボソッと何事か口を開くジョー・ブレーン・東。
やはり事態を好転させる策はジョーの頭脳から授けられるのだ!!


「……こわせダック」 「え?」

こんな機械は
ぶちこわせーっ!!


なんだってぇー!?


そう叫ぶと同時にもう機械に拳をめり込ませているジョー!
さらに「ぶちこわしてアンディを起こすんだーっ!!」と絶叫した彼は
今度は足を高そうな機械にめり込ませた!!

破壊。徹底的な破壊。
装置が壊れ、万一アンディが二度と起きられなくなったらとか、
記憶に障害が出たらとか、そのような配慮は一切ない。
当然解らないまでもコンピュータを何かしら操作してみようという温和な思考もない。
完全なる破壊。少々益荒男すぎる目覚し時計。
今の彼は一心不乱に破壊を与える堕ちた神だった。
そして、アホだった……

何かとんでもないことをしでかしている阿呆がいる
そんな予感が脳裏を過ぎったのだろう。
ジョーが破壊の快楽に酔いしれるその背後には、奴が。

暗黒の帝王、ヴォルフガング・クラウザーの凶眼が鈍く輝いていた。
無言のうちにその目が語っていた。
殺すぞ、パンツ野郎、と……


「あひゃあーっ!」
チンの奇声が木霊する。受けているのはテリーだ。
チンの指先から発せられる気の弾丸のような物は、散弾銃のように、
マシンガンのように絶え間なく高速で打ち出され、テリーの体を躍らせた。

のひゃっ のひゃひゃ〜っ!!



ピ、ピッ●ロさぁ〜〜ん!!


!!?

またどこかで見たようなワンシーンである。
傷を治せないデ●デであり、まるで戦力にならないクリ●ンでもある
ダックの安否が気遣われる展開だ。

そしてトドメはやはり超必殺、二度目の爆雷砲! 気を練り上げるチン!!
二人が気付かないところで転がった棒を手に取る男。
気功技で押されてばかりはいられないテリーは、
我が身に爆雷が浴びせられる前にこちらが本家とパワーウェーブを放った!!

しかしやはり気功術に長けるのはチンの方なのか。
彼は気功を跳ね返す技術まで持っていた。
無効化されたパワーウェーブの余韻が虚しく煙となって辺りに立ち昇る。

と、そこへ!!

クラックシュートォ!!

立ち昇る煙を盾に、テリーの不気味に紐の多いシューズがチンの顔面に突き刺さっていた!!

だがそれでも通じないと余裕のチン。こいつは不死身なのか!?
と、しかし突然チンの世界は回り出し、そのまま彼はドテッと力なく倒れた。
チンは自分でもなぜ倒れているのか解らない。
そこでテリーはお馴染みの勝因解説を始めた。

「人の体にはどんなにきたえようときたえきれないところがある
 おれがいま蹴った秘孔はそのひとつ "
人中"……
 鼻と上唇の中間にあるそれをつけばその衝撃は脳をゆさぶり
 感覚機能を麻痺させる」


「つまりもうおまえは闘うことはできない
 勝敗は決したんだ!!」

「うぎゃ! うぎゃー!」と奇声を発し、大流血しながらノーガードで殴り合うのが日常の
ボンボン餓狼世界を根底から覆しかねない危険な解説だ。
秘孔まで駆使し、倒したチンをジッと睨む。
それでも自分の敗北が理解できないチンに与えられた鉄槌は、赤く輝く、あの男の棍だった。

ぎゃああーっ!!

叫びの根源は肉が突き破れ、血しぶきを放つ己の左手。歩く凶器の姿。

「どいてろよブタ野郎……
 
そいつはオレの獲物だ!

血まみれで息を切らしながらも、ビリーの肉体も、闘志も、まだまだ脈動していた。
ビリーは足をチンの口内へめり込ませ、トドメを刺す。
どうも彼は優遇されているようでいて実際はいつも
勝敗が決した後に出て来てトドメを刺すという
セコイ役回りを任されているような気がするのだが、これは素人考えだろうか?

「へ…… へへ…… 闘(や)ろうかテリー
 
まってた…… ぜ!

もはや闘える状態にない二人だが、口元は互いに笑っていた。