DEATH-TINY 18
新たな光(とき)

ひとり別の次元へと旅立っているアンディ。
心なしか、宙に浮いているようにも見える。

ダックは当然、ジョーと舞も安心しきった笑顔で勝利を確信し、ヒーローの活躍に酔いしれている。
するとその良いムードを切り裂くように、ビリーの言葉が気になるのは解るが、
いささかわざとらしい大声でテリーが叫んだ。

「アンディが死ぬとはどういうことだ!?
 ビリーッ!?」

空気が弾けるような絶叫。テリーの思惑は的中した。
笑顔を称えていたギャラリー三人は途端に凍りつき、
「なにィ!?」と一斉に振り向き、血と冷や汗を混ざらせた。
餓狼チームのリーダーはオレだ! リーダーの命令には従うんだ!
そんな策謀を舞台裏に感じさせる。そんなマンガ。

ゆっくりと壁にもたれかかり、ビリーが口を開こうとした瞬間、
しかしさらに闘気が爆発し、ギャラリーとなったテリー含む五人は
激しく糸で引っ張られたようにまた美形キャラの方へと視線を引き寄せられた。

もう完全に浮遊している

アンディ自身が満月になったかのような輝かしさ。
このまま夜空へ撃ったら月でも破壊できそうだ。
アンディには怨霊でも憑いてしまったのだろうか?
クラウザーをも唸らせる肌に響く闘気。
崩れかけの建物がそれに耐えられるはずもなく、周囲はさらに軋みに支配される。

うお…… おお…… 飛翔―――


「いかん みんなふせろーっ!!」
戦車の砲身を前にしても退かなかったテリーが伏せ散るほどの闘気!
アンディの掌から放たれたトドメの飛翔拳はクラウザーの巨体の数倍のサイズにも達し、
完全に敵を飲み込み、城の外壁を突き破って彼を外の世界へと葬った!!


――決着、である。
因縁の相手は、因縁のアンディの手によって散ったのだ。


「う…… うほっやったぞーっ
 クラウザーはあとかたもねぇ!
 アンディがぶち倒したーっ!!」

と、チリにでもしたかのような物騒な事を喚きながら喜ぶテリー信者改め、アンディ派のダック。
いや彼らのことだ。本当に跡形も無くチリにしたと思って大騒ぎで喜んでいるのかも知れない。

舞も、ジョーも、テリーも、微笑みを浮かべてアンディを祝福――
しようとしたその時、アンディの血の流れがドス黒く跳ね上がった。


 うがぁあーっ!!

勝者のはずのアンディの喉の奥から軋み出る苦痛の悲鳴。
それも一瞬。
美形キャラ、アンディは、なまめかしくヨダレを垂らし、そのままおでこからつっぷした。

突然の出来事。
勝利の余韻に浸る中で起こった唐突な異常に、誰もが反応が遅れた。
どんな反応をすれば良いのか、まず脳が働いてくれなかった。

一拍置き、寸前までの馬鹿騒ぎが嘘のように慌しくアンディの名を叫ぶテリー達。
唯一原因を知るビリーは静かに語り出した。

「クラウザーはただ冷凍睡眠で
 奴をねむらせていたわけでは……ない。
 奴はねむりながら自分の技を極限までひきあげられるよう
 睡眠教育されていたん……だ」


およそ信じ難い事実。
イメトレの次は睡眠教育だった。

まだ続くビリーの証言。
まず記憶の中にいかなる時でも最高最大の力を出せるように
睡眠教育プランを入力、インプットし、潜在能力を刺激する。
その後はアンディを起こし、それに耐え得る肉体に改造、トレーニングする。
それによって地上最強の生物が完成し、
クラウザーも安心して身を退けるというわけだと彼は語った。

恐ろしい理論である。
ボンボン餓狼世界では地道な修行よりもまず睡眠教育、言わばイメトレが大切だったのだ。

ジョーも恐らく入院中、瞑想的な“イメトレ”で潜在能力を刺激し、
“休養”によって休めた身体でこの力をギリギリまで使っていたのだろう。
ジョーのパワーアップの謎もクラウザー理論によって最後の最後で氷解してくれた。

しかもアンディはただのイメトレではない。
クローン人間さえ作るシュトロハイムの科学力を結集して作られた、睡眠学習BOXだ。
これなら空を飛べても何の不思議もない

しかし、ここで落とし穴があった。
そう、アンディはまだ睡眠学習を受けただけで、
その力を自在に使えるだけの肉体トレーニングを受けてはいないのだ。

そんな状態で全ての潜在能力を駆使してしまっては……

それが今のアンディの容態の真相だった。
そしてジョーもまた長らくの連戦で休養出来ない状態が続き、
どんどん引き出せる潜在能力の量が減って行き、
キム戦をピークにまた旧ジョーに毛の生えた程度まで実力が落ちているのだろう。
やはりジョーは弱体化していたのだ。

結局は力を引き出せるだけの肉体を作る地道な日々の修行こそが最強への、
遠回りのようで近道で、そして唯一の道だというこの作品らしくない普通の結論と相成ったのだった。


やっと会えたアンディの理不尽な死に、震え、涙し、駆け寄る舞。
ジョーもダックも、兄のテリーでさえもアンディの亡骸に近寄ることは出来なかった。
ヨダレが汚いからとかいう理由ではない。
そこは彼を愛した、舞だけの聖域。

と、アンディが呻いた。
「う…… うう……」
白目を剥きヨダレを垂らしながら呻くという
美形キャラとして最大の屈辱を与えられながらもアンディはまだ生きていた!

「だいじょぶ 大丈夫だよーっ
 アンディはまだ生きてる!!」

それを耳に、パァーっと明るくなるテリー達の表情!
「さすがにてめえの弟だなテリー どこまでもしぶといぜ」
これにはビリーまでも賞賛の意を表し、好意的に見ればムードメーカーのダックなどは、
い〜っ やっほ〜っ
 クラウザーは倒れてアンディは生きてる!
 こいつぁ大ハッピーだぜ〜っ!!」
とウザいくらいに飛び跳ねて喜んだ。
彼が冒頭でクラウザーの名を聞いた途端、
アンディのことは諦めようと提案した男だということは、例え無礼講でも忘れない。

だがまだ敵はいる。目の前に、互いに決着を求めるライバルが。
「おまえのしぶとさも天下一品だぜ」
そう、ビリー・カーンとの決着がまだ残っていたのだ。

今にも第二ラウンドが始まりそうな空気の中、ストップをかけたのは舞。
アンディはただ生きているというだけで重傷には違いないのだ。
ここで「ばかやってんじゃないよテリー」と罵倒されても、それは仕方のないことだろう。
今はアンディの命が第一だ。
「ビリー…… オレが生まれて初めて挑まれた勝負をさけた男として
 おまえの名をきざんでくれや」

憎々しげに鼻を鳴らすビリー。
元々もはや闘える状態ではないビリーは、不満気にだが退いてくれた。

これで一件落着だ。
後はテリーがじいさんに習った気の力
アンディを回復させれば良いだけだが、生憎その力は原因不明に失われて久しい。
ここは病院へ運ばねばならないだろう。


と、そこに…… 呪詛のような誰かの声――

「さわる…… な…… そいつの体にさわるな」

高まる緊張感。
現れたのは指に力を込め、地面を取り戻そうとするあの男の手……

「それはわたしの
 息子…… だ!」


 「ゲッ!?」

「ゲェー!?」と伸ばす余裕はなかった。
「ゲゲェー!?」とアクセントを付ける余裕もなかった。
外に放り出されたクラウザーは玄関を使わず外壁を這い登って来たのである。

そしてこの瞬間、アンディの、

vsクローンキム 詳細は不明だが敗北後拉致られる
vsローレンス  ブラッディサーベルにより敗北
vsクラウザー  カイザーウェーブで敗北
vsクラウザー  自滅により敗北


というボンボン餓狼2全敗の戦績が美しく完成した!
さらに実は前作のテリー戦から数えるとこれでアンディは実に5連敗なのである!!

何だ、この弱さ……_| ̄|〇


「わたしの息子にさわるなーっ!」
おいなりさんの話ではない。
再び言い放たれた言葉と共に、アンディを支え、無防備となっているテリーへと
クラウザーの掌で凶気弾が光った!!

うああーっ!!


――叫びは別の場所から聞こえた。




ビ…… ビリー?
ビリーが庇った?自分を庇ってくれた……?
呆然と、再び倒れる強敵を見るテリー。

「て…… てめえを殺る のはこのオレ……さ
 横取りされ…… てたまる…… かい……」


その言葉を最後に、ビリーは動きを失った。


ビリー

尚も呆然と、動かないビリーを見つめるテリー。
湧き上がる決意。
「安心しろよ」
立ち上がる。

おれは誰にも負けねえさ
たとえ相手が―――


 「怪物(クラウザー)でもな!!」


もう退けない。例え絶望的でももう退くことは出来ない。
いや最初からそんなことはこの男の脳裏にはない。ただ敵は倒す。
それだけが全て。それだけが答え。
父の仇を討つために地獄を乗り越え、磨いて来た力の全てをぶつけられる相手を得たことは、
それは確かに敵であれど、この男には望ましい。

睨みかける眼光にもかつてない光りが灯る。
だが睨み返すクラウザーの眼光は、


――狂っていた。

「そこを…… どけ! わたしの息子を
 
リヒャルトをわたせ!!


そう、この男は……


(あいつは自分の息子のかわりに
 アンディをさらったんじゃない……)

(あいつはアンディが
 本当の息子だと思い込んでいる!?)


謎、そしてまた謎。
数々の謎が生まれ、そして消えて行く。
しかしここにまた輝く新たな謎――


こいつらは何故にアンディとリヒャルトの話を知っているのか?


この件を口を滑らせたのはチン・シンザンだけ、
そしてその場にいたのはテリーだけのはずなのだが
彼らは何故にシュトロハイム家の隠された秘密を知っているのか?

クライマックスにしてまた新たな問題を提議する迷惑な二人。
だがそんなことは実際問題、どうでも良かった

クラウザーはあの日から、あの、息子を殺してしまった瞬間からとうに狂っていたのだ。
ならばこれだけの力を持ちながらチンに簡単に傀儡に出来ると宣言されてしまったことも説明が付く。
息子の遺体を消滅させてしまった可能性も生まれて来るだろう。

つまり全ての矛盾の結論は、
クラウザーが狂っていたからストーリーも狂ってしまったということなのだ。
何もかもが狂っていたのである。
テリーの靴紐が増殖し始めた辺りからもうすでに狂っていたのだ。

今のクラウザーはただ力が強いだけの、過去の亡者だった。

「なんとも…… おそまつなやろうだぜーっ

テリーが駆ける! 接触!
だがいとも無造作に弾き飛ばされるテリー!
力の差は埋まらない!

「本気になったわたしにはむかえば死ぬだけだ」

クラウザーの言葉に嘘はない。
しかしその時、クラウザーの鎧にヒビが入り、そして砕けた。

「おれもこんどは本気だ!」

ゾンビのようにユラリと起き上がるテリー。
まさか。いつもの減らず口だ。

「あのクラウザー相手にそんなかけひきはできない……
 テリーは初めから全力だったはずだ……」


わからない。ハッタリか?
ジッとクラウザーを見下ろすように見上げるテリー。
「泣いちゃうぞおまえ!」
その言葉がテリーのスイッチだった。

殴る! 膝! 肘! そしてまた殴る!


――崩れない。

ダメージもないクラウザー。
変わってない。何も変わってはいないテリーの力。
クラウザーは血を吐き捨てると肘を落とし、足で蹴り上げ、
まだ残っていた天井にテリーの体をぶつけた。

崩れ落ちるテリー。また起き上がるテリー。
そしてまた拳を繰り出す。効かない。何も変わらない。
いつも通りのノーガードの打ち合いだ。

変わらない――?

いやクラウザーは、確かによろめいていた。
打ち返す。倒れない。
今度はクラウザーの拳がテリーに効かない。

 「おれはもう倒れねえってんだよ!」

変わった。何かが変わった。
押され放題だったテリー。明らかな実力差があったテリー。
殴られては血を吹いていたテリー。
時に滝のように、時に噴水のように血を吹いていたテリー。

だが、今は――逆。

これはもしや……
気を吸い取る鋼霊身復活か!?

ノーガードをやめ、荒れるクラウザーの拳を躱すテリー!
そのまま首相撲に捉え、チャランボ!!
ついに! ついに怪物と比喩された男が膝をついた!!

(な なんだ!? さきほどまでと技の重みがちがう……)

「どうなってやがんだ〜っ!?」とダックが吠えるそのままに、
どうなっているのか全く解らないクラウザー、そして読者

テリーはとうとう、最後の勝因解説を始めた。

「まだわからないのか おまえなんかにオレを倒せるわけがない」

だから、なぜ……?

「おれも…… 愛する肉親(もの)を失う悲しみは知っている……」

養父だが、肉親。ジェフ・ボガードか。

「だが…… それをのりこえねば人は生きていけない
 後ろをふり返っている者には新たな光は見えてこない」


ギースを倒して過去を葬ったことで、テリーは知らずに新しい光を得ていたのだろう。

「時を止めた者が前に歩を進める者に
 勝てるわけがない!!」

そう! 時を止めた者が前に歩を進める者に勝てるわけが


――――……



結局、具体的には全く解らん!



またもうやむやにされかねない展開の中、救済はジョーの口からだった。
テリーは成長していたのだ。
このわずかな闘いの中で確実に、そして急速に成長していた。
あいつは…… いかなる者との闘いでもその強さを糧に
つねにその上に立つ術をもつ男……


「あれが餓狼(テリー)だ
 本物の餓狼だ!!」

まさに主人公特有の、主人公にしか持ち得ない能力。
実際は状況から判断して吸収鋼霊身が久々に発動したような気がしないでもないが、
吸収鋼霊身を知らないジョーの目にはテリーの成長の方が際立っていたのか、
あるいは気を吸い取っているが故にそう見えたのか。もうそんな設定はないのか。
いずれにしてもこの闘いの後はまたホア・ジャイと互角になっている可能性も捨て切れないだろう。

だがクラウザーはまだ最高の技を見せてはいない。
そう、クラウザーの代名詞――




カイザーウェーブ!!


――――……



それは、確実に戦車の砲弾を凌ぐ威力だった。
――だった、はずだ。

だが、それは標的に命中することなく、
標的が片手を振り払っただけで行き場を失い、月へ昇って行った。

「カ…… カイザーウェーブを……!?
 渾身の力をこめたわたしのカイザーウェーブを片手ではね…… 返した!?」


クラウザーの命運は、絶たれた。


「見せてやる!
 これが過去にとどまっているおまえと……
 
前に進むおれとの差だ!!


うっおお――っ!!
パワ――
ゲイザーッ!!!!


テリー・ボガード最終奥義! うっおおーパワーゲイザー炸裂!!
その波動はクラウザーなど容易く飲み込み!
器物破損の名手としてまた当然の如く城にもトドメを刺した!!


ま まさか まさかこのわたしが――
まさか―――っ!!



ボンボン餓狼にしてはまともな断末魔のセリフが崩れ行くヴォルフガング城に響く!
ドン! ドン! ドン!
爆発したエネルギーは城の中を生物のように荒れ狂い、
秘孔を突かれたハート様の肉体の如く内部から破壊して行く。


崩れる――
崩れる。
贅を極め、栄華を誇り、最新技術と野望の詰まった暗黒の城が崩れ去る。

時代外れの王として君臨した、クラウザーの最期の言葉は、



結局、お馴染みのう…… ぎゃああ――っ!!! だった



――――……


外はまだ闇。
たった今までそこにあった城を送るレクイエムのように、煙は立ち昇る。
それは巨大な線香のようでもあった。

だが闇は必ず晴れる。
この男達がいる限り。

真の餓狼、テリー・ボガード

稀代の美形キャラ、アンディ・ボガード

アカデミーパンツ、ジョー・東

何もすることがなかった、不知火舞

死体、ダック・キング


行こうぜ
新たな光(とき)を求めて

クサイセリフと、光り出す世界。
テリーを中心に、向かって右に舞、ダックが居る。
左にはアンディに肩を貸し、しっかりと裸足で大地を踏みしめるジョー。


次ページに目を移すと、



クサイセリフに磨きをかけて、完。


終わった。



つまり、


助けて貰ったのに、




ビリーは放置